第27話

「ピルスナー社の副社長はそんなに暇なのか、ボンクラ副社長」

「ひどっ! 随分な言われようだねぇ」

「当たり前だ、こう毎日来られたら俺の体がもたない」

「あれ~? それって今日も俺のこと誘って」

「誘ってないっ!」


 伸ばされるルークの手を振り払うと、オリバーは全身の力を抜いてソファーへと体を沈める。

 オリバーの私邸。

 このところ、ルークは夜になると毎日のようにオリバーの元を訪れている。


「だって、こうでもしないと君、また王都フィアナに来ちゃうでしょ」

「俺が王都フィアナに行くと何か不都合でもあるのか?」

「不都合でもあるのか⁉ あるさ、大ありだね!」

「は?」


 興奮気味のルークに、オリバーは気怠い視線を向ける。

 ルークはオリバーの正面に仁王立ちすると、腰を曲げてオリバーの目を覗き込んだ。


「前だってさ、せっかく君が王都フィアナに行かなくて済むように、あの我儘なマリアンナお嬢様の買い物を俺が一手に引き受けたっていうのに。さらにせっかく、我がピルスナー社のアルフレッドと引き合わせて、マリアンナお嬢様の買い物を一手に引き受けて貰ったっていうのに。君ときたらしょっちゅう王都フィアナに来るもんだから……俺がどれだけ気をもんだか、分かる?」

「いや、全然。なんで?」

「なんでって……君、大丈夫? そこまで鈍いのはもはや罪だよ?」

「何の話だ?」


 まったく訳がわからないという顔のオリバーに、ルークはやれやれと折った腰を伸ばすと、呆れた目でオリバーを見下ろした。


「君が王都フィアナに来ると、どこからともなく俺の耳にまで情報が入って来るんだよ、女性たちの口伝でね。『オリバー様が王都フィアナにいらしていたわ!』って、黄色い声が飛び交うんだ。……君、ほんとに知らないの?」

「知る訳ないだろ、そんな事。なんだそれは」

「はぁ……」

「そんな事より」

「そんな事って! こんな大事な事」

「いいから聞け」


 抗議の声を上げるルークを手で制し、なんとか上半身をソファから起こすと、オリバーは言った。


「シリウス様に、お前を連れてくるように言われた」

「えっ? 俺? なんか用? 買い物なら娘婿のアルフレッドに言ってくれれば」

「そうじゃない。俺、言ったんだよ、シリウス様に。俺が将来を考えている相手は男だと。そうしたら、一度連れて来なさいって」

「……? 待って。ちょっと待ってオリバー。ほんと、ちょっと待って」


 動揺を隠そうともせず、ルークは慌ててオリバーの隣に腰を下ろす。


「アクタルには保守的な人が多いって聞いているけど」

「あぁそうだ。同性間の恋愛には否定的な人が多い」

「シリウス様は何も仰らなかったの?」

「あぁ、何も。いや……」

「ん?」

「俺の事を、必ず守ってくださる、と」

「……やはりさすがだねぇ、シリウス様は」


 ふぅっと息を吐き出すと、ルークは安心したように肩を下ろす。


「もしかして、その相手は俺だってことも」

「いや。他の奴が相手だって言った方が良かったか?」

「良い訳ないでしょっ! 違うっ、そうじゃなくてっ!」

「安心しろ、お前の名前は出してない。もし言わない方がいいなら別に俺は」

「そうじゃない! そうじゃないんだ、だけど……」


 もう一度ふぅっと息を吐き出し、ルークは目を閉じる。

 その横顔を、オリバーはぼんやりと見つめた。

 アズール王国随一で、王家とも繋がりの深いピルスナー家の次期当主にしてピルスナー社の副社長。

 現アズール王の血を引く、王位継承権をも持つ男。

 一方で、怪しいクラブのチャラいオーナーでもある。

 そして今は――


(俺は本当にこのまま、お前の隣に居てもいいのだろうか)


 ふと、オリバーの中に不安が頭をもたげ始めた時、ルークが目を開いてオリバーを見た。


「なに? 俺に見惚れてた?」

「寝言は寝て言え」

「ほんっと、素直じゃないんだから」


 苦笑を漏らすと、ルークはそのまま立ち上がる。


王都フィアナに戻るよ」

「えっ?」

「あれ? 寂しい? それとも、物足りない?」

「誰がっ」

「大丈夫だよ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと戻って来るから。心配しないで待ってて」

「誰が心配など」

「いいかい、オリバー。ちゃんとここで、おとなしく待ってるんだよ? 王都フィアナになんか来たら、俺また嫉妬しちゃうからね? 分かった?」


 腰をかがめてオリバーに軽く口づけると、ルークはオリバーに背を向けて歩き出す。


「見送りはいらないよ。ゆっくり休んで」

「あ、あぁ」


 ソファに体を預けたまま、オリバーはルークの背中を見送った。

 まさかその後、再びルークと顔を合わせるまでの間が半年以上もあるとは、露ほども思わずに。

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