第26話

 オリバーが目覚めると既にルークは起きていて、夜着姿のまま壁のフックにカバーに入れて掛けられている青いギヌーフをじっと見つめていた。


「気に入ったのか?」

「えっ? あぁ……なんで青いギヌーフなんて持ってるのかなって。それにこの印、スタウト家のものでも、ラオホ家のものでもないでしょ」

「あぁ」


 ベッドから身を起こし、手早く夜着を身に付けると、オリバーもルークの隣に並び立つ。


「これは、両親が俺に残してくれたものなんだ。成長した俺にって。でも、アクタルではギヌーフと言えば黒だし、それがどこの家の印なのかも分からないから、俺はずっとスタウト家の印が入った親父のギヌーフを着ている。お陰でこれは着る機会が全く無くて、勿体ないとは思うがずっとこのままだ」

「なんで、青なんだろうな。それにこの印、どこかで……」


 ルークは再び青いギヌーフに視線を向け、口元に手を当ててじっと考え込んでいる。

 その姿を見るともなく眺めていたオリバーだったが、カーテンの隙間から差し込む陽の光に気づき、ふと時計を確認して飛び上がった。


「お前っ! なんでもっと早く起こしてくれなかった!」

「え……? あぁっ! いや、起こそうとしたんだよ? 起こそうとしたんだけど、これがどうしても気になって!」

「まずいっ! 急ぐぞっ!」


 朝食を取る間もなく、慌てて身支度を整えて邸を出ると、オリバーは庭の花壇に刻まれた転移の紋章から王都フィアナへと戻って行くルークを見送り、その足で職場であるシリウス邸へと向かった。


「おはようございます、シリウス様」

「なんだオリバー、珍しいな。朝帰りか?」


 間髪を入れずに投げられる鋭い主人の言葉に、とっさに返す言葉が無くオリバーは固まったままシリウス伯を見る。

 すると、シリウス伯は一瞬驚いたように目を見開いたものの、直後に肩を揺らして笑いだした。


「図星か! そうかそうか! わははははっ!」

「あの、何故?」

「勘だよ、私は意外にこういう事は勘が良くてな」

「はぁ……」


 困惑顔のオリバーを尻目にひとしきり笑うと、シリウス伯は言った。


「将来を考えている相手がいるなら、一度ここへ連れてきなさい」

「えっ?」

「私はお前の父親から託されているのだよ、お前の事を。そうじゃなくても、お前は私の息子も同然だからな」

「シリウス様……」

「さて、今日はシン殿にどの酒を」

「シリウス様、国境警備に酒は不要かと」

「そう固い事を言ってくれるな、オリバーよ」


 ウキウキと棚に並ぶ酒を眺めるシリウス伯の背中を見ながら、オリバーはふと思った。


(この人は、俺の相手が同性だと知ったら、どうするのだろう。それでも俺を、息子同然と受け入れてくれるのだろうか)


 アクタル辺境地は、未だ同性間の恋愛に対する偏見が根強い。

 けれどもオリバーは、今まで一度たりとも、シリウス伯が同性間の恋愛に対して否定的な言葉を発している所を見た事は無い。


(この人なら、もしかしたら……)


 思うと同時に、オリバーの口から言葉が出ていた。


「シリウス様、実は私は」

「なんだ、お前も酒が飲みたいのか?」

「違います。私が将来を考えている相手は、男性なのです」

「そうか。じゃあ一度ここへ連れて来なさい」


 驚くほどあっさりと、まるでなんでもない事のようにシリウス伯はそう言って、選んだ酒を手に嬉しそうに振り返る。


「今日はこの酒にしようと思うが、どうだろうか?」

「ですから、国境警備に酒は不要です!」

「まぁまぁ、そう固い事は言うな、オリバー」


 ポンポンとオリバーの肩を叩き、シリウス伯は警備への身支度を始める。

 はぁ、とため息を吐くオリバーに、シリウス伯は背を向けたまま言った。


「心配するな、オリバー。お前の事は、私が必ず守る」


 シリウス伯は代々アクタル辺境地を治めているラオホ家の現当主だ。ここアクタル辺境地での保守的な考え方も十分に理解している。

 そのうえで、同性愛者である事を告白したオリバーを認め、受け入れてくれた。

 さらには、おそらくこの先晒されることになるであろう、辺境地の保守的な人々からの批判から守るとも言ってくれている。

 熱を持ち始めた目頭を指で押さえながら、オリバーは言った。


「警護をする側が主人に守られる訳には参りません。私の仕事を奪わないでください」


 心の中で深く深く、シリウス伯に頭を下げながら。

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