第九章 本音
第25話
「随分色々と調べ上げてくれたみたいだね。そんなに俺に惚れてるのかな、オリバーは」
オリバーから目を逸らすと、ルークはオリバーの脇をすり抜けてリビングへと入り、ソファに身を沈める。
「だったらなんだ」
「おぉっ、素直。どうしたの、珍しい。まさか、クスリでも飲んだの?」
「飲むわけないだろ」
呆れ顔のオリバーにルークはクスクスと笑いを漏らしていたが、オリバーがルークの隣に腰を下ろすと同時に笑いを止め、体ごと捻ってオリバーと向き合う。
「こう見えて俺、嘘は上手いんだ」
「だろうな」
「……えっ? ちょっと、少しは驚いて欲しいんだけど」
「無理を言うな。今更どう驚けと言うんだ」
「はぁ……連れないなぁ」
「で?」
本気とも冗談とも取れない様子でガックリと肩を落としたルークだったが、オリバーに先を促されて話を続ける。
「だけどね。前にも言ったけど、俺は君にだけは、出会ってから今まで、一言も嘘は吐いてない」
「何故だ?」
「なんでだろうな。吐けないんだよ、君にだけはどうしても。君が真っ直ぐすぎるから、かな。心配になるくらい」
「そんなにか?」
「そうだよ。だから、これから言う事も全部本当の事だよ」
飴色の瞳が、オリバーの目をまっすぐに見つめる。
オリバーの喉が、無意識にゴクリと音を立てる。
「君が調べた事は全て事実だよ。俺は現王の実の息子で、王位継承権を持っている。そして俺は今、王家から迫られている縁談に頭を悩ませている真っ最中なんだ」
「……だから?」
そう問うオリバーの声は、緊張の為か掠れている。
「だから、そもそも俺には同性間の恋愛は許されていないんだ。王族の血を引く者としてこの国に生まれ落ちた時からね。いずれはどこかの女と結婚して跡継ぎを作らなければならない。そうなると分かっているのに、俺が誰かを本気で求める事なんて、出来る訳がないだろう? 同性しか愛せないこの俺が。そして、誰の事も本気で求めない俺からは、人は離れていく。だから」
「だから俺も、お前との関係を終わらせようとしている、と?」
「……あぁ、そうだよ」
ルークは穏やかな笑顔を浮かべていた。
その顔は、オリバーには諦めの極致の顔にしか見えなかった。
「らしくないな」
「なにが」
「いつもみたいに、俺に選ばせてはくれないのか?」
「え? なにを」
「『君に決めさせてあげるよ。さぁ、どうする?』って。あのボードゲームの時も、俺の縁談の時だって、お前はいつでも俺に選ばせてくれたじゃないか」
「それは……」
「だいたいなんだ。俺の縁談話は上手い事解決したっていうのに、自分の縁談はさっさと諦めて大人しく望みもしない結婚をするつもりなのか」
「お前に俺の何が分かる」
「分からないさ。分かるわけないだろう、お前が何も言わなければ」
沸々と湧き上がってくる怒りを抑え、ルークの目を真っ直ぐに見ながらオリバーは言った。
「だから今度は俺がお前に言ってやる。お前は本当はどうしたいんだ? 俺に何を望む? お前に決めさせてやる。さぁ、どうする?」
「オリバー……」
オリバーの目の前で、穏やかな笑顔を浮かべていたルークの顔が徐々に歪み始める。
何度も口を開きかけては閉じ、ルークは自分自身と葛藤しているように、オリバーには見えた。
長い間自分の本音を押し殺して、それを誰にも悟られずに生きて来た男だ。もしかしたら何が自分の本当の望みなのかすら、分からなくなっているのかもしれない。
「俺は」
眉根を寄せ、視線を足元へ落とし、絞り出すような声でルークが呟く。
「君と共にありたい。できれば、この先も」
まるで口に出した事が罪であるかのように、目を強く瞑り、祈るように両手を顔の前で強く組み合わせて、ルークは言った。
その手は小刻みに震えている。
オリバーは、震えるルークの手の上に、自分の手を重ねた。
「奇遇だな。俺も同じだ」
強く閉じられていたルークの目が、驚きで見開かれる。そしてその表情は、徐々に穏やかな笑顔へと戻っていった。
それは心からの安堵の表情に、オリバーには見えた。
「君無しでも構わないと、俺はあの時本気で思っていたんだ。君が俺の前から去って行ったって、今までと何にも変わらないって」
「相手には困ってないみたいだからな」
「うん。話し相手と飲み相手にはね」
「……は?」
「あれ? もしかしてオリバー、あの時嫉妬して」
「誰がするかっ!」
「やっぱり、素直じゃないなぁ」
組んでいた手を素早く解くと、ルークはオリバーの手を強く引いて体ごとソファへと沈め、その上に覆いかぶさる。
「わっ! 貴様っ、何を」
「俺はね、嫉妬したよ」
「はっ⁉」
「君が、君の大切な人を探してくれって言った時」
ルークの目がまっすぐにオリバーの目を見つめる。
「まさか俺の事だなんて、思わなかったから。ほんとは俺、ものすごく嬉しかったんだ、あの時」
「……ふん」
照れ隠しに視線を外そうと顔を背けたオリバーの露わになった首筋に落とされる、振れるだけの優しいキス。
「本当はね、君とはもう会わないつもりだったんだよ。今までだってそうしてきたんだ。距離さえ置けば、君のことだってすぐに忘れられると思ってた。だけど、君の事だけは本気で求める事をどうしても抑えられなかった。ごめんね、オリバー」
「何故謝る?」
「多分これから、君を色々な事に巻き込んでしまうと思うから」
「覚悟の上だ……うっ、お前っ! 少しは加減をしろっ!」
力いっぱいルークに抱きしめられ、オリバーは痛さに顔を顰める。
「君、俺よりずっと潔いいよね。ほんと、心配になるくらいに真っ直ぐで、堪らなく愛おしい……」
「ルーク」
「俺決めたよ。君がそばに居てくれるなら、俺は君の望む事を全てしてあげる」
「なにを大げさな」
「まず手始めは、キス、かな?」
「……っ」
「ね? オリバー?」
ポタリと、オリバーの頬に水滴が落ちた。
見上げれば、ルークは嬉しそうに笑いながらも涙を流している。
「何故、泣く?」
オリバーの問いには答えず、ルークはオリバーの唇に唇を重ねた。
優しく、深く。
激しく、甘く。
貪るように、慈しむように。
奪うように、労わるように。
「ねぇオリバー、次はどうして欲しい?」
「お前が、したいことを」
「へぇ……ほんと、潔いいね。じゃあ」
ペロリと舌を出して唇を舐めるルークの瞳に浮かぶ、怪しい光。
たったそれだけの事に、オリバーの体をゾクリと刺激が走り抜ける。
「ちょっと待て、やっぱり」
「やだ、待たない。もう俺、だいぶ待ったから」
焦るオリバーの体を片腕で抑え込むと、ルークは器用にオリバーの肌を露わにしてゆく。
そして、褐色の肌の上にいくつもの赤い花を咲かせながら、オリバーの呼吸が乱れていく様を愛おし気に見つめている。
何度も体を重ね、その日オリバーはルークと初めて共に朝を迎えた。
お互いに、誰かと共に迎える朝は、久しぶりの事だった。
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