第23話

「最近は休みごとに王都フィアナに行っているようだが、一体何をしに行っているのだ?」


 シリウス伯にそう尋ねられてしまうほど、オリバーは休みの度に王都へと足を運んだ。


「大事な友人を探しておりまして」


 オリバーはそう、シリウス伯に答えた。

 友人。

 その言葉が適切かどうかはオリバー自身も迷う所ではあったが、今はそう表現するしか無いだろう。


「そうか。見つかるといいな」

「はい。ありがとうございます」


 王都フィアナに入るとオリバーは、ルークに関する情報を集めていた。

 以前に集めた情報では足りない。

 表面上の情報だけではなく、もっと突っ込んだ情報を求めた。

 すると、王立学院ソラリス時代にルークと共に学んだという人物とようやくコンタクトを取る事ができた。

 そしてついにその人物と接触をするという日。

 先方の都合で、許された時間は僅かな時間しかないというのに、オリバーは王都の転移局で足止めをされてしまった。


 外部から王都フィアナに入るには、転移局で王家発行の許可証または王家が認めた官職者が発行する身分確認証の提示が必要となる。

 王立学院ソラリスを出ているオリバーは王家発行の身分確認証を所持しているものの、身分確認証は3年に1度、王都の身分確認証発行局で更新をする必要がある。

 その身分確認証の更新を、ルークの情報集めに気を取られていたオリバーはすっかり失念していたのだ。

 有効期限の欄には、3日前の日付が記載されている。


「申し訳ございません! 入り次第すぐに更新致しますので、今日は通していただくことは」


 無理を承知で頼み込むオリバーに、転移局の局員が申し訳なさそうな表情を浮かべながらも不許可の書類を提示する。


「規則ですので。アクタル辺境地のラオホ家の方ですよね? でしたら、シリウス伯に身分確認証を発行していただいて、改めてお越しください」


 オリバーとて、それが正しい手順であることは重々承知していた。けれども今はその時間が無いのだ。先方との約束の時間が迫っている。


「そこをなんとか」

「オリバー様、こんなところにいらしたのですか」


 焦るオリバーの背後から突然、聞きなれた声が聞こえて来た。

 振り返ると、ベージュの三つ揃いのスーツに身を包み、濃い紫のサングラスを掛けた男が、口元に笑顔を浮かべて近づいて来ていた。


「ルークレイル様!」


 とたんに、転移局の局員たちが一斉に姿勢を正し、ルークに向かって最敬礼をする。

 そんな中、オリバーの隣に立ったルークは、羽織ったギヌーフの上から親し気にオリバーの肩に手を回して言った。


「こちらの方はオリバー・スタウト様。私の大事なお客様なんだ。一緒に転移する予定が、タイミングが合わなくて別転移になってしまったんだよ。彼の身分は私が保証する。だから、中へお連れしても構わないだろうか」

「左様でございましたか。それは大変失礼いたしました。どうぞお通りくださいませ」


 ルークへと最敬礼をしていた転移局の局員たちが、一斉にオリバーに向かって頭を下げる。


「え、いや……あの」

「ありがとうございます、皆さん。さぁ参りましょう、オリバー様」

「あ、あぁ」


 オリバーは狐につままれたような気分だった。

 ピルスナー家についてはそれなりに知ってはいたが、実際に王都フィアナでここまでの存在であるということは、初めて目の当たりにしたのだ。


(もしかしたら俺は、とんでもない奴と渡り合おうとしているのか?)


「ほんと、君は真っ直ぐだねぇ……」


 転移局から少し離れた場所まで歩くと、ルークはオリバーの肩から手を外して立ち止まる。


「俺を便利屋扱いするくらいなら、転移局で俺の名前を出せば良かったのに」

「便利屋扱いなんて」

「あれ? わざわざ俺の職場まで押しかけてきて、人探し頼まなかったっけ?」

「あれはっ」

「別にいいけど。でも、おかげでこっちはあの後大変だったんだからね、仕事にならなくて」

「えっ?」

「客や取引先相手に真正直に何でもかんでも話してみろ、商売になんかなる訳ないでしょ」

「あっ……それは、すまなかった」

「ま、初めての貴重な経験ではあったけど。しかし結構キッツい薬だったんだねぇ、あれ」


 苦笑を浮かべながら何やらメモにペンを走らせるルークに、オリバーは首を傾げた。


「初めて……?」

「うん。初めてだけど?」


(……待て。待て待て。……ってことは?)


 状況を理解したオリバーの眦が、徐々に吊り上がり始める。


「じゃあ、あの時お前は飲んで無かったと⁉」

「あの時? あぁ……」


 悪びれた風も無く、ルークは肩を竦める。


「だから言ったじゃないか。俺のだけ中身を入れ替える事なんて、いくらでもできるとは思わなかったの? って」

「だが、両方とも試してみたいと」

「あぁ、試してみたいとは思ってたよ? だからそれはほんとうの事。でも、飲んだ、とは一言も言ってないよね?」

「き、さま……っ!」

「俺は、君には一言も嘘は吐いてないよ」

「はっ?」

王立学院ソラリスで出会ってから今までずっと、一度も、ね」


 そう言ったルークの口元に浮かんでいたのは微笑。

 紫のサングラスで隠されて見えない目元をもどかしく思い、オリバーは腕を伸ばしてサングラスを取ろうとした。

 だが一瞬早くルークの手に腕を掴まれ、手に持たされたのは先ほどルークがペンを走らせていた一枚のメモ。


「君が頻繁に王都フィアナを訪れている事は知っているよ。ここで君が何をしているかもね。でもねぇ、オリバー。人には誰にでも、触れられたくないものがあるとは思わない?」

「お前にもあるのか?」

「さぁ……どうだろうね?」


 オリバーの腕を離すと、ルークはオリバーをその場に残し、ピルスナー社の本社がある方向へと歩き始めた。

 とたん、どこからともなく現れた数人が、ルークとの間に一定の距離を保ち、周りを窺うようにしてルークの後を追う。おそらく護衛なのだろうと、オリバーは気づいた。


(それでも俺は、本当のお前が知りたい。それにここで俺が引いたら、お前は一生……)


 脳裏に浮かぶ感情の無い飴色の瞳を頭を振って振り払うと、オリバーはルークの話を聞かせてくれるという人物が待つ場所へと急ぐ。

 向かいがてら、ルークに渡されたメモに目を落とし、オリバーは思わずその場に立ち止まってしまった。

 そのメモにはピルスナー家の印が金のインクで刻印され、少しクセのある手書きの文字でこう書かれていた。


【この者、オリバー・スタウトは、ルークレイル・ピルスナーがピルスナー家の名にかけて、その身分を無期限で保証する】

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