第22話

「これはこれはオリバー様。わざわざご足労頂きまして……」


 グレーのスーツに身を包んだルークは、今まで見慣れていたどのルークとも違う姿。

 これが普段ピルスナー社の社員に見せている姿なのだろうと、オリバーはひとり頷く。


「私用で来たんだ。そんなに畏まられると、居心地が悪い」

「では、さっそくお言葉に甘えさせてもらうとしようかな」


 一礼の後、向かいのソファに腰をおろし、ルークはオリバーと向き合う。


「一体どうしたの? 何かあった? わざわざこんな所まで俺に会いに来るなんて。私用ってなに? 緊急事態?」

「ああ、そうだな。緊急事態、かもしれない」

「ん? かもしれない? って、どういうこと?」


 怪訝そうなルークの視線を受けながら、オリバーはゆったりとした動作でティーカップを持ち上げて琥珀色の液体を口に含み、緊張のためか乾いた喉を潤す。

 釣られたようにルークもティーカップを持ち上げる。ティーカップに口を付けたのを見計らい、オリバーは言った。


「実は、俺の大切な人が、どこを探しても見つからなくてな」


 紅茶を飲み込んだルークの喉元が、大きく上下する。

 オリバーへ向けられていたルークの視線が、ゆっくりと下がる。


「大切な人、ね」

「あぁ」

「それで? 俺に探して欲しいと?」

「そうだ。ピルスナー社の情報網はすごいって話だからな」

「君、俺を便利屋使いするつもり? まぁ、いいけど」


 オリバーを見る事無く口元だけに笑いを浮かべると、ルークはスーツのポケットから革製の手帳とペンを取り出す。使い込まれた風合いのその手帳には、下の方にルークのイニシャルである「L.P」の文字が刻印されている。


「で? 君の大切な人って、どんな人? 具体的に教えて貰えるかな。フルネームが分かれば一番いいんだけど」

「フルネームは、ルークレイル・ピルスナー」


 再び、ルークの怪訝そうな目がオリバーへと向けられる。


「君、何を言って」

「ああ、そういえばジャックという二つ名も持っているな」

「オリバー?」

「俺はお前を探しに来たんだ、ルーク」


 ルークの視線を正面から受け止めながら、オリバーはもう一度ゆっくりと紅茶を飲んだ。

 ため息を吐いて手帳とペンをスーツのポケットに戻し、ルークもティーカップへと手を伸ばす。


「君が冗談を言うなんて珍しいね」


 ルークは穏やかな笑顔を浮かべていた。それは、顧客に見せるものと同じ営業用の笑顔。


「冗談なものか」

「冗談じゃなかったらなんだっていうんだい? だって俺はここに居るじゃないか。今、君の目の前に」


 珍しく苛立ちを言葉の端に滲ませながらそう言うと、ルークはティーカップの中身を飲み干し、カチャリと音を立ててカップをソーサーへと戻す。


「それはどうだろうな」


 口の端を軽く吊り上げ、オリバーはルークの飴色の瞳を見据えた。


「ここにいるお前が本物だと言うならば、答えてみろ」

「答える? 何を?」

「何故お前は、自分から求めようとしない?」

「……ふっ」


 小さく笑い、ルークは一瞬目を伏せる。

 笑顔の形に合わせて目は細められてはいるものの、次に現れた飴色の瞳には、既に感情も宿ってはいなかった。

 被された仮面は、クラブのオーナー、ジャック。


「何故って、求める必要なんか無いからだよ。自ら求めずとも、俺は何でも、いくらでも手に入れることができるからね」

「へぇ」


 感心したような笑みを浮かべ、オリバーは言った。


「立派な言い訳だな」

「言い訳?」


 片眉を吊り上げ、冷たい視線を投げかけるルークに、オリバーは何気ない口調で伝える。


「あまり興奮しない方がいいと思うぞ。……興奮すると、クスリの効き目も早くなるんだろう?」

「クスリ?」

「悪いが、先ほど拝借させて貰った」


 そう言って、オリバーがポケットから取り出したのは、白い粉末の入った小さな小瓶。


「なっ、んだとっ……っ!」

「さぁ、色々聞かせてもらおうか、ルーク」

「断る」


 勢い良くソファから立ち上がり、拍子にフラついた体を何とか立て直しながら、ルークはオリバーをその場に残し、衝立の向こうへと向かう。


「逃げるのか?」

「あぁそうさ」

「お前まさか」


 後を追うようにして背中からかけたオリバーの声に、ルーク足が歩みを止める。


「俺がお前との関係を終わらせようとしているとか」


 言いながらオリバーはゆっくりとルークに歩み寄り、背後に立つ。


「思ってるんじゃないだろうな?」

「さぁ……」


 暫しの沈黙の後、肩越しに振り返り、ルークはニヤリと笑った。


「どうだろうね?」


 そのまま再び前を向き、歩き出したルークは、オリバーを応接室に残したまま部屋を出て行く。

 ルークの瞳の中に微かながら見られた動揺に、オリバーは確かな手ごたえを感じていた。

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