第八章 素顔

第21話

 ルークの事はずっと気になってはいたものの、オリバーはルークの元へ行くのが躊躇われていた。

 体はルークを欲していた。

 だが、心がどうしてもブレーキを掛ける。


(俺が求めているのは、あいつの体だけなのか?)


 オリバーの邸の庭。

 ベンチに腰掛け、オリバーは自分自身に問う。

 ルークが与える快楽を求めている自分が存在しているのは確かだ。


(だが、それだけか?)


 時折見せる、ルークの冷めた瞳。

 それに、何故突然あのクラブを閉めてしまったのか。

 前回の逢瀬の去り際に残したルークの言葉も、オリバーは気になっていた。


(お前、本当は……)


 思いかけて、オリバーは首を振る。

 ルークは、頑なに自分自身を探られる事を避けている節がある。

 今の関係を続けていくならば、腹の探り合いはタブーだ。

 ふと、クセになってしまった仕草をしている自分に気づき、オリバーは苦笑を漏らす。

 右手で唇に触れるクセ。

 何度交わしても、ルークとのキスは、甘美な刺激をオリバーに与えてくれる。

 その感触を思い起こし、オリバーの全身がざわめき始める。


『君はもう、俺無しじゃいられないんじゃない?』


(悔しいが、そうなのかもしれないな)


 脳裏に浮かぶ冷めた飴色の瞳に、オリバーは思った。


(だがこのまま、あいつの事を深入りせずに知りもしないままで、あいつとの関係を続けていけるのだろうか?)


 ピルスナー家の次期当主にしてピルスナー社の次期社長。

 シリウス邸を訪れた時には決まって、ルークは毎回楽しい話をしては、シリウス伯やマリアンナを楽しませていた。きっと他の客先でも、同じように客を楽しませているのだろう。

 穏やかな笑顔を浮かべて。

 そして、今はもう閉ざされている、あのクラブのオーナー。

 遊び人風ではあったが、周りの人間からは慕われているように、オリバーは感じていた。

 卒のない穏やかな笑顔と、何かを企んでいるような影のある笑み。


(お前はこのままでも、俺と続けていけると思っているのか?)


 オリバーの中で、2つの笑顔が混じり合う。


『どっちも俺だよ』


 そう言ったルークの声が、頭に響く。


(そう、確かにどっちもお前なんだろうな。だけど、どっちも本当のお前じゃない。そうだろう? ルーク)


「本当のお前はいったい、どこにいるんだ?」


 そう呟くと、オリバーはベンチから立ち上がり、花壇に刻まれた紋章に触れた。

 行き先は、王都フィアナ。


(待ってろ、ルーク。俺が本当のお前を探し出してやる。たとえお前がイヤだと言っても、だ)


 王都フィアナに入ったオリバーはまず、閉ざされたままのルークのあのクラブへと向かった。

 今は、ルークが居るはずのない時間帯。

 渡されていた合鍵を使い、オリバーは暗い店内を抜けて奥のVIPルームへと向かう。


「確かこのあたりに……あった。これだな」


 棚の引き出しからオリバーが取り出したのは、白い粉末が入った小さな小瓶。

 ポケットの中に滑り込ませて、オリバーはクラブを出た。

 次に向かったのは、ピルスナー社の本社。

 受付で、アクタル辺境地ラオホ家使用人の証明書を見せ、副社長への面会を申し込こむと、意外にすんなりとアポイントを取り付けることに成功した。


「へぇ……断りはしないんだ?」


 そこに一筋の光を見出し、オリバーは指定された場所で約束の時間までの時を過ごす。

 ピルスナー社は王家御用達でもあることから、その社屋はアズール王国の王族が住まう宮殿に次ぐ広さで、多くの社員が勤めている。


(本当にあいつが、ここの副社長なのか?)


 会社勤めの経験が無いオリバーには、大勢の人間が所属する組織というものの想像がつかなかった。

 そして、その上に立ち、組織を束ねている者についての想像も。

 シリウス邸でほんの3名の使用人を束ねるだけでも、苦労は絶えない。束ねる人数が増えれば増えるほど、その苦労は想像を絶するものになるだろう。

 約束の時間までを待つ間にも、オリバーの視界には何十人ものピルスナー社の社員が通り過ぎていく。


(あいつ、ああ見えて意外と苦労してるのかもな)


 そんなことをぼんやりと思っていると、いつの間にか時間は経ち、ルークへの面会の時間がやってきた。


 通された応接室のソファに腰をおろし、オリバーは辺りを軽く見回した。

 名の通った王国一の大企業だけあって、洗練された居心地の良い空間だと、独り感心する。

 先に出された2人分の紅茶も、品の良い香りを辺りに漂わせている。

 程なくして、扉の開く音と共に聞こえる、足音。

 衝立の向こうから姿を現した男が、にこやかな笑顔でオリバーに頭を下げた。

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