第19話
ルークが座ったのは、この間と同じ、ベッドサイド。
オリバーが座ったのも、この間と同じ、ベッドの向かいのソファ。
「まずは、乾杯といこうか」
ルークの言葉に軽くグラスを合わせ、中の液体に口を付ける。一瞬躊躇ったものの、目の前のルークが何の躊躇いもなく飲み干しているのを目にし、オリバーもグラスの中身を飲み干した。
「ほんと、いい度胸してるよねぇ」
空になったオリバーのグラスにワインを注ぎながら、ルークは可笑しそうに笑う。
「今日は俺だけじゃないしな。フェアだろう?」
「君、本気でそう思ってるの?」
「えっ?」
「君はどうやら本当に運がいいみたいだね。そんなんで今までよく無事にここまで生きて来られたもんだと思うよ。まったく、真っ直ぐにもほどがあるっていうか」
呆れたように笑い、ルークは言う。
「どういう意味だ?」
「よく考えなよ、オリバー。ここは俺のホームグラウンドだよ? 俺のだけ中身を入れ替える事なんて、いくらでもできるとは思わなかったの?」
「なっ……」
自身のグラスにもワインを継ぎ足すと、ルークは優雅な仕草でグラスを回しながらオリバーを見てニヤリと笑う。
「ま、そんな可能性もある、って話をしただけだけど。それに」
グラスを目の高さまで持ち上げ、ルークは目を細めた。
「実は俺も試してみたかったんだよね」
「クスリのことか?」
「ん、そう。自分ではさすがに試した事は無かったからね、両方とも」
小さく笑い、ルークはワインを一口含み、味わうようにして飲み下す。
「ん、やっぱり旨い!」
だが、オリバーは首を傾げてルークを見た。
「両方……?」
「うん。自白剤と媚薬、だけど」
「媚薬だとっ⁉」
目を剥いてルークを睨み付けるオリバーを、ルークはあっけに取られたように見る。
「どうしたの、そんなに驚いた顔して。さっき君が自分で入れてたでしょ。……あれっ? もしかして媚薬って知らないで入れてたの?」
「はぁっ⁉」
「だから、いい度胸してるねって言ったんだけど。しかも、一滴で十分なものを、何滴も」
「なんだとっ⁉」
「あ~、興奮すると酒の周りが早くなるよ。ついでにクスリの効き目も、ね」
カッとすると同時に生じた体の奥の疼きに、オリバーは愕然とした。
「俺はてっきり、あの瓶の液体がこの間飲まされたクスリだと」
「それは、後から俺が足した粉末の方だよ」
コトリ、と。
ルークはテーブルにグラスを置き、ベッドサイドから立ち上がった。
「さて。それじゃあそろそろ、始めようか」
「……なに、を?」
ソファの上で、心持ち後ずさるオリバーを追いつめるように、ルークはオリバーの隣に腰を下ろす。
「何って」
指先でオリバーの顎を上向けると、ルークはオリバーの双眸を覗き込み、言った。
「試しに来たんでしょ? “その先”が必要かどうか」
ゴクリ、とオリバーが唾を飲み込むと同時に、ルークの手がオリバーを解放する。
「ま、今更試さなくたって、もう君も分かってるはずだと思うけどね」
オリバーの横に並んだまま深々と体をソファに預け、ルークは目を閉じる。
「で? どうやって試すつもりだったの?」
感情を表さない顔立ちの中で、唇にだけ浮かぶ、微笑。
その唇に、オリバーの視線は釘付けになっていた。
体の中に生じた疼きは、ゆっくりと、だが確実にオリバーの中に広がり始めている。
「お前の……」
辛うじて己の内の欲望を抑えつけ、オリバーは言った。
「お前の気持ちを、俺に教えてくれ」
「俺の気持ち?」
「俺と似たようなもんだと、俺の気持ちが分かると、お前は前に言ったはずだ。だから」
一瞬だけ目を開けてオリバーへと視線を置いたが、ルークは再び目を閉じ、小さく笑う。
「君が欲しい。君が好きだ」
「えっ」
「って言えば、満足?」
「なっ……」
「違うよね?」
閉じられた目が再びゆっくりと開き、飴色の瞳がオリバーを縛る。
「君が本当に知りたいのは、君自身がどうしたいか、じゃないの?」
「……っ」
「言ってごらん。君はどうしたいの? 何をしにここに来たの? 俺と会って、どうするつもりだったの? 何が、したかったの?」
(俺……俺は……)
「自分に素直になってごらん、オリバー。ここには君と俺しかいないんだから」
「ルーク、俺は」
「人間の3大欲求なんて、獣と同じだよ? 獣に余計なプライドなんて、必要ないでしょ? そんなもの、あったって邪魔になるだけだよ」
「俺、は……」
「さぁ、言ってごらん、オリバー」
ルークの瞳に捕まってしまったかのように、オリバーは身動きひとつできずに、その場に縛られたまま。
ただ、体中を駆けめぐる熱だけが、じわじわとオリバーの体を追いつめ始めていた。
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