第18話

「な……んだ、と……?」


 目的地に辿り着くなり、いや、辿り着けずに、と言った方がいいか。

 オリバーは落胆にも似た吐息で独り呟く。

 もとからそう派手な入り口では無かったものの、例のクラブの明かりは消え、入り口は閉ざされている。

 試しに、と、取っ手を引いてはみたものの、当然のことながら鍵が掛けられ、扉はビクともしない。


(定休日、か?)


 そう思い直して、オリバーはその後も何度か時間を見つけてはクラブを訪ねてみたが、店の明かりは消えたまま。扉は閉ざされたままだった。


 閉じられたままのクラブの入り口を見る度に、オリバーの胸の内には焦りにもにた感情が蓄積されていった。

 ただ単に、ルークレイル・ピルスナーという男に会うだけならば、ピルスナー社のある王都の中心地まで足を伸ばせば事足りる。

 そう簡単には会えないかもしれないが、アポイントさえ取れば、会う事は可能だろう。

 だが、オリバーが会いたいのは、オリバーの問いに答えられるのは、ジャックという名のルークレイル・ピルスナーだ。

 ベージュの三つ揃いのスーツに身を包み、外向きの笑顔を張り付けているルークレイルではない。

 光沢のある紫のブラウスにゆったりとした黒いパンツを身に付け、腰にはシアー素材の赤い布を巻きつけてニヤリと笑う、あのジャックなのだ。


(なぁ、お前はどこへ行ってしまったんだ? どこに行けばお前に会えるんだよ、ジャック)


 まるでオリバーの来訪を拒絶しているかのように、頑なに閉じられたままの扉。

 オリバーは扉に額を押しつけ、呟いた。


「お前に会いたいんだ、ジャック」

「へぇ……」


 背後から微かに聞こえた、小さな声。

 振り返ったそこにオリバーが見つけたのは。


「お、まえ……」


 薄い笑いを浮かべたジャックの姿だった。



「会えない時間が、とはよく言ったもんだね」


 薄笑いを浮かべたまま、ジャックはゆっくりオリバーの方へと歩み寄る。


「君がそんなにも俺に会いたがってくれていたとは、ねぇ」

「立ち聞きとはいい趣味だな、ルーク。いや、ジャック、と呼んだ方がいいか?」

「ルークで結構」


 黒いパンツのポケットから鍵を取り出し、ルークはオリバーの隣に並んで立つ。


「何度も言うようだけど、ここに来るってことは」

「ああ、構わない。その先に行っても。……必要なら、な」


 ルークの言葉に被せるように、オリバーは言葉を継ぐ。


「必要かどうか、試しに来た」

「相変わらず真っ直ぐな人だね。いい度胸じゃないか、オリバー。……エース、の方がいいかな?」

「オリバーで結構」


 お互いの視線がぶつかり、同時に勝ち気な笑いが零れる。


「じゃあ、入って。立ち話で済むことでもないでしょ?」

「あぁ、そうだな」


 暗い店内を横切り、長い廊下の先に辿り着いたのは、オーナー専用のVIPルーム。


「喉、乾いたな」

「あぁそうだね。適当にグラスと酒出して飲んでいいよ。場所は分かるよね?」


 胸元のボタンを外しながら、ルークは奥のベッドルームへと入って行く。

 オリバーはギヌーフを脱いで手近な椅子の背もたれに掛けると、側の棚からグラスを2つ取り出し――


(……これはっ!)


 棚の奥に隠すように置かれている、透明な液体の入った小さな瓶に目を留めた。


『ん~、そうだなぁ……素直になれるクスリ、とでも言っておこうかな』


(もしかして、あの時のクスリ、か?)


 ”オリバー、俺の分も飲み物頼む”


 扉の向こうから聞こえる、ルークの声。


(いいだろう。お前の分も、な)


 小さく笑い、オリバーは蓋に付いているスポイトを使って、2つのグラスの中に小瓶の液体を数滴ずつ垂らす。

 と。


「なにをしているのかな?」


 直ぐそばから聞こえる声に、オリバーは動きを止めて振り返った。

 気配も無く、ルークが真後ろに立って、ニヤニヤと笑いながらオリバーを眺めている。


「ほんっと、いい度胸してるよね、オリバーって。でも」


 言いながらオリバーの脇をすり抜け、棚の引き出しからルークが取り出したのは、もう一つの瓶。

 中に入っているのは、白い粉末。


「それだけじゃ足りないんだよね。これも入れておかないと。ちょっと貸して」


 オリバーからグラスを取り上げ、ルークは2つのグラスに、粉末を少量落とす。

 そして、ワインセラーから取り出した真紅のワインを注ぎ込んだ。


「あぁ、どうせだからこっちにも入れておこうか。一杯じゃ足りないでしょ?」

「あ、あぁ……」


 戸惑うオリバーに構うことなく、ルークは鼻歌など歌いながら、ワインの瓶にも液体と粉末を加えると、グラスひとつと瓶を持って再びベッドルームへと歩き出す。


「何してるの? 早くこっちにおいでよ」

「……あぁ」


 呆気に取られてルークの姿をただ目で追っていたオリバーも、残されたグラスを持つと、ルークの後に続いた。

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