第6話

(……まさか!)


 客間でシリウス伯と向い合せのソファに腰を下ろし、談笑している男の姿に、オリバーは我が目を疑った。


「――バー? オリバー! 何をしている」


 シリウス伯の声にハッと我に返るも、その後のシリウス伯の指示はオリバーの耳の上を通り過ぎるだけ。

 身に着いた習慣で体が反応してくれたのが、幸いだった。


(なんであいつがここに? いや、まさか)


 動揺するオリバーの視線の先にいたのは、光の加減によっては金色にも見える薄茶色の髪の男。肩下まで伸びた髪は、天然なのかパーマでも掛けているのか、緩いウェーブが掛かっていて、男の色白の輪郭を柔らかく包み込んでいる。

 ベージュの三つ揃いのスーツに身を包み、胸ポケットに紫のサングラスを入れているその男は、声も、飴色の瞳も、割に整った顔立ちも全て、王都フィアナの盛り場にあるクラブで出会ったあのジャックと同じだった。

 ただひとつ違うのは、男が身に纏っている雰囲気。

 色で例えるならば、ジャックは黒。

 そして、今目の前に立っているこの男は……


「お会いできて光栄です、オリバー様。私は、キュリオス・ピルスナーの長男で、ルークレイル・ピルスナーと申します。父からオリバー様の事はよく伺っております。父が随分お世話になっておりましたようで、改めて御礼申し上げます。これからは父に代わり私がお伺いすることになりましたので、どうぞよろしくお願い申し上げます。ご入用の者がございましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」

「あ……はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 オリバーと目を合わせて握手を交わしている間にも、男の表情には何一つ不自然さは見られない。


(別人……なんだろうな、当然か)


「しかし、キュリーの息子がこんなに立派になっていたとはな。驚いた。ピルスナー家も安泰だな!」

「恐れ入ります、シリウス様」

「ところでルークレイル君、実は早速頼みたいものがあるんだが」

「承知いたしました、承ります。ですがその前にシリウス様、私の方からもお願いがございます」

「なんだね?」

「私の事はどうか、ルーク、とお呼びくださいませ。父のキュリオスがシリウス様からキュリーとお呼びいただいている事をとても自慢しており、羨ましく思っていたのです。ですので、私の事も是非」

「なんだそんな事か。お安い御用だ。ではルーク、用意して貰いたいものの事だが……」


 満面の笑顔で愛想よくシリウス伯と会話を交わす男の姿に、オリバーはホッとして全身の緊張を解く。


(そうだな、ジャックが黒ならこいつはさしずめ真っ白、ってとこだろう。別人だ、間違いない。似た顔の奴は、この世に3人はいるというからな)


『オリバー! ここの確認は終わっているのか!』

 奥から聞こえてきたフラットの声に、オリバーは一礼をしてその場を離れた。

 その背中にチラリと向けられたルークレイルの意味ありげな視線に、気づかないまま。


 その後、挨拶の言葉通りに、ルークレイルは度々シリウス邸を訪れるようになった。

 父親のキュリオス・ピルスナーに比べると若干人との距離感は近いようにも思えたが、シリウス伯への態度もマリアンナへの態度も、顧客への礼儀を弁えた丁寧なもの。そこに違和感は欠片もない。接客態度としては非の打ち所の無い満点だと、オリバーは思っていた。けれどもどこかそれは、人との深いつながりを拒絶しているようにも、オリバーには感じられた。

 だから、だろうか。

 そんなルークレイルに接する度に、オリバーの脳裏に蘇るのは何故か、あの得体の知れないジャックという名の男の事。

 ルークレイルを見る度に、オリバーは腹の奥の方に、今までに感じた事の無いような焦がれるような感情が湧きおこって来るのを感じていた。

 あのキスの時に感じた、体の芯にまで触れるかのような感覚と共に。

 けれども、ルークレイルはあくまで穏やかな笑みを絶やさず、オリバーにも礼儀正しく接してくる。当然のことながら、体に触れるような事は一切しない。

 すぐそこにあるのに、まるで見えない幕でもあるかのように決して手が届くことは無いものを欲している時のような。

 そんな思いに駆られて、休日になるとオリバーは待ちかねたようにギヌーフを羽織り、王都フィアナへと向かった。

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