33 いささか深刻な事態
一方、このホームルームで余村先生は、別の衝撃を呼び込んだ。
「今日、2年1組で、生徒の財布がいくつか、行方がわからなくなった」
えっ、と誰かが息をのんだ。わやわやとした祭りの余韻が、急速に冷え込んだ。
「全員、自分の所持品を調べろ。身に覚えがなくても、ほかの誰かが勘違いとか悪ふざけで、ひとの荷物に突っ込んでいるかもしれん。いたずらなら、そろそろ返してやれ」
生徒たちはごそごそし始めた。少し間をおいて、隣のクラスからも似たような音が聞こえてきたので、同じ話になったのだろう。
結局、何ひとつ解決しないという結果が出ただけだった。そればかりか、
「ふたりとも、放課後少し残れ。落とし物なら、時間差で職員室に届いているかもしれん」
余村はそうは言ったが、内心では望み薄だと感じていた。学祭に失せ物はつきものである。現に、このホームルーム直前に、職員室で落とし物の申し送りがあり、財布やスマホといった定番の落とし物もいくつかあった。しかし、このふたりのなくし物とはどうやら特徴が合致しそうにない。そして、なくし物が結局出て来なかったという事態も、ままあるのだ、残念なことに。
せめて、貴重品の管理くらいは、高校生なのだから各自で考えてほしいところである。
生徒たちの間には疑心暗鬼が深まるばかりだった。しかも今日は外部の人も校内をうろついていたのだ。
「ドロボーでしょ、ドロボー」
ついに、その言葉を発した者があらわれた。生徒たちの不快そうなまなざしを集めて、
「犯人コイツっしょ~、コイツ」
その上、軽いというより薄い口調で、彼は無造作に、
生徒たちがざわついた。おい、と誰かがたしなめるような声を上げたが、弾劾というにはふざけすぎる弁舌は止まらない。
「自称マジシャンだもん、人サマの財布とかスマホとか、盗んで隠すのなんか、お手のモンでしょ~。見つかったって、理事長のジーサンにもみ消してもら……」
渡辺の薄っぺらな口上は、途中でぶった切られた。襟を引っぱったのは、麗人ではなかった。ぐえっ、と喉からしぼられた声は、高校で堂々とサングラスをかける男の苛烈なまなざしに遮られた。
「表へ出ろ」
黒川のバリトンは大きくも荒くもなかったが、その分だけ鋭かった。サングラスを、怒気にあふれた眼光が貫通して、渡辺を射すくめる。ひッ、と息を吸い込む奇妙な音が高く響いた。昨日痛めつけられた左肩が、急に
余村はひとつまばたきすると、重心のすわった声を発した。
「渡辺、根拠もなく人を犯罪者呼ばわりするものじゃない。黒川も放せ」
「
麗人が苦笑まじりにひらひらと片手を振る。黒川は、教師よりも麗人の言葉で、渡辺を放した。まるでゴミを捨てるように。渡辺はまだ薄ら笑っていたが、黒川への恐怖でひきつっていた、という方が近い。きまり悪く、目線をさまよわせた。
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