32 仮面の告発

 文化祭2日目は、それぞれに盛り上がりの中で時を移していった。いつしか15時を過ぎ、外部からの客はみんな帰って行った。なんとなく手持ち無沙汰になったので、今のうちにと記念撮影する生徒が増えた。麗人も、吸血鬼の仮装のまま、シャングリラの仲間たちと写真を撮った。

 明日は体育祭だ。今日この後のホームルームが終了すると、……当然のように、明日の体育祭を控え、各チームごとに集まるわけである。暗くなってしまって競技の練習はできないとしても、応援の練習や各種打ち合わせ、申し合わせはできるというわけだ。どうもこの時期、3年生が体育会系になってしまったような雰囲気である。


 文化祭の日程が終了時刻を迎え、生徒たちはホームルームを控えて、仮装を解いて制服に着替えた。今日の麗人れいとは、制服を、それもAジャケットではなくBの、ニットカーディガンを着ていたので、同級生たちに驚かれていた。レア中のレアな姿というべきか。朝から「どうしたの今日は」とたずねられたけれど、麗人は「あはは、ちょっとねー。気まぐれで」とかわすばかりで、誰にも明かしていない。もちろん、事情を話せば婦女子の名誉に関わるため、わざと麗人は明言を避けたのだ。そういえばこの日渡辺わたなべは、朝のホームルームの後は、えらく素早く姿を消していた。黒川くろかわはちらっと麗人を見たきり、何も言わなかった。


 仮装から制服に戻った生徒たちは、わずかな時間で最小限の片付け作業を始める。2年4組の教室でも、教室内部の片付けを優先して行っていた。といっても、明日の体育祭の後、記念撮影をするチャンスがまだあるから、放置していたら支障のあるものだけだ。それに椅子は、明日の体育祭でグラウンドの応援席に持って行かなくてはならない。

 ひとまずホームルームにそなえて、机と椅子を元通りの場所に戻す。厨房ちゅうぼうを解体し、窓の暗幕や装飾を引きはがす。余り物の食品の処分など。「ホストとホステス」の盛りまくった写真は、壁から剥がしてシュレッダー処分かなと思われたが、当人たちが「記念にほしい」と言い出したため、ひとり分ずつ切り分けてそれぞれにプレゼントされた。クラスステージで使用したものも、記念撮影に使いようもない小道具などから処分が始まっていた。不要なものはゴミ袋行きとシュレッダー行きへ分けて入れ、床置きライトや延長コードをはじめ返却しなければならないものは、返却先ごとにまとめておく。生徒会室など、返却先が校内にあるものについては、さっそく男子数人が手分けして、えっちらおっちら運んで行った。所有者がわからないものは、これもまとめてしばらく保管しておくことにする。支障のないデコレーションは極力残す。演劇の背景とか、大掛かりな分解作業が必要だったり記念撮影に使いたいものは、今日は手をつけない。厨房の仕切りに使っていた壁は、記念撮影しなくてもいいだろうし邪魔なので、分解してしまう。そのほか、クラブや有志などで参加している生徒などは、そちらの片付けもある。特に、控室などに3年生の教室を借りていたり、指定のスペースに屋台を出したりしている場合は、場所だけでも移さなくてはならず、そうした生徒たちは大慌てで飛び出していった。


「黒川、くん」

 騒ぎの中、吉野よしのという女子が、ドアのそばでおずおずと声を上げた。角材から釘を引っこ抜く作業をしていた黒川は、面倒そうに頭を上げ、不機嫌に見える眠そうな表情を吉野に投げつけた。

「お客さん」

「……あぁ?」


 粗雑な態度で、黒川はもそもそと歩き出した。それだから女子にモテないのよ、と心の中でツッコミを入れつつ、麗人は黒川を見送って、おやと思った。吉野のいるドアの向こう、廊下にもうひとり女子がいる。黒川に用事があるというのは彼女だろう……2組の石田いしだ雪乃ゆきのだ。昨日の夜、帰りがけに渡辺わたなべに乱暴されかかっていたあの女の子だ。吉野と入れ違いに廊下へ出た黒川が、しばらく石田雪乃と立ち話した後、彼女についてどこかへ歩き去って行くのが見えた。クラスの女子である野口のぐち泉美いずみが、落ち着きのない目線を廊下へ送ったのが、ちらりと麗人には見えた。


 そういえば、今日は藤岡ふじおか麻衣まい妹尾せのお雅之まさゆきの間も、進展はなかったらしい。大丈夫かねぇ、とは思ったが、現状では麗人にはどうしようもない。


 死神から制服姿に戻った小林こばやしが、教室に入ってきた。片手に仮面を持っていて、表情はなんだか天井から落ちてきた金ダライを食らった直後のようだった。

「仮面あった」

「ああ、よかったじゃん」

 麗人がそう応じると、小林の顔がさらに渋くなった。

「誰か使ってる」

「えええ」


 小林が差し出した仮面の裏には、どうも皮脂汚れのようなものが、べったりと付いていた。偏見だが、ある程度以上の年齢の男性がつけたのではないだろうか。

「もう使いたくねえ。まあ、もう文化祭ほとんど終わったからいいけど」

「どこにあったの」

「校門の近く。おれ仮装してからは、そんなとこ絶対行ってない。誰か勝手に持って行ったんだ」

「うわあ、お気の毒」

 ほかにどうも言えない。麗人はぽんぽんと小林の肩をたたいてやった。

 誰かがどこかで小林の仮面を拾って、仮装気分を味わいたかったのだろうか。それにしてもその人物、どこで拾ったか知らないが赤の他人の仮面なんて、よく使う気になれたものである。

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