31 化け物オンステージ

 文化祭2日目のステージは、舞台を使用する各クラブの発表のほか、個人有志が出演できることになっている。クラブの方は、演劇部、ダンス部、コーラス部、吹奏楽部などだ。ほかにも、個人有志らにステージの時間が割り振られる。例えば体操部の部員たちが、自分たちのクラブ活動とは無関係にミュージカルをやろうよとなった場合は、あくまでも「体操部有志」という扱いになり、クラブの発表とは見なされなくなる。ちなみに個人有志のステージは、3年生が非常に多い。


 木坂きさか麗人れいとは、黒川くろかわはるかを従えて、今回のステージに出演することになっていた。だからこの時間だけ、店長の仕事を前日の店長だった藤岡ふじおか麻衣まいに頼んで、店を抜けてきたのである。


 今年のステージの相方として、もちろん麗人は、適当に黒川を選んだわけではない。ちょうどいい取り合わせの楽器が扱えそうだったからだ。麗人自身は、鍵盤楽器とバイオリンとサックスが得意である。「女の子ウケしそうなものを選んで練習したのよね」とは本人の弁。対して黒川がいくつかの楽器を扱えるというのは少々意外だった。

「ガキの頃に一時期預けられた親戚の家が、楽器ができない奴は教養がないとか、よくわからん価値観の家でな、いくつかやらされて、気に入ったモンだけ上達した」

 それが黒川の回答であった。というわけで、気に入ったモンというのが、ベース、トランペット、あとはギターが少々、といったところであった。黒川本人はギターよりもベースが性に合うらしい。麗人とは見事にかぶらなかった。


 こうして、やけに似合う吸血鬼(牙は外した)と手抜き殺人鬼は、ステージへ意気揚々と踏み出した。観客席で「大丈夫なのかあいつら」と内心ではらはらしていたのは、一馬かずまひとりであったろうか。もちろんまったく頓着せず、麗人はまず、黒川のベースにのせてピアノで「渚のアデリーヌ」を弾いた。「こーゆー場で演奏する曲って、聞いている人が、知らなくても肩身の狭い思いをしない曲を選びたいよね」という麗人の意見だった。ありふれた学校のピアノが麗人の軽やかな指づかいにかかると、大理石の階段から真珠を転げ落としたように、ころころと硬質の丸い音に変化する。一馬はあやうく声を上げかけた。やるじゃないかこいつら。曲が終わったときの拍手はけっこう大きかった。「すごいね」と綾子あやこがささやいてきて、一馬も同意するしかなかった。2曲目に、麗人がサックスに持ち替えて、音楽の授業でおなじみの「スワニー河」を吹く。板チョコをぱきっと割ったような、独特の甘さあふれる音色が、黒川のビターなベースとともにアリーナに響く。3曲目に、麗人は再度ピアノの前に座り、彼を伴奏にして黒川がトランペットで「Friday Night Fantasy」を吹きあげた。これには意表をつかれた聴衆が少なからずいたらしく、曲調も相まって、遠慮なく伸びるトランペットは圧倒的だった。演奏後、立ち上がった観客たちから巨大な拍手がステージへ注がれた。向こうに座っていた大柄の落武者の拍手が、ひときわでかかった。黒川さえもが舞台袖で唇をにやっと動かし「たまにはいいな」と口走ったほどの成功だった。「アンコール不可ってのが残念よねぇ」と麗人はこぼしたが、後のプログラムがつっかえるのだから当然である。


 その後、一馬と綾子は体育館を出て、喫茶店やお化け屋敷はもう十分に堪能したので、運動部の屋台とか文化系クラブの展示企画などを中心に見て回った。ひととおり味わうと、更衣室で仮装をといて、明洋めいよう高校を後にした。楽しくはあったが、ようやく安心できたというのも偽らざる心境だった。どこかの店で遅い昼食をとってひと息入れるために、ふたりは手をつないでぶらぶら歩き始めた。

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