30 シャングリラでのひととき
ひとまず、
「なんちゅーコンセプトだ」
と一馬はつぶやいたが、いくらなんでも
「あれ、スゴイ」
綾子が小声で指摘したのが、壁に貼られたホストとホステスの写真である。おそらくアプリで加工したものと思われる、素顔がわからないほどのメイクと衣装のゴツ盛りっぷりは、作るのは楽しかっただろうと思われる。
そして、一馬と綾子の知りようもないことだったが、昨日のナンバーワンホステスだった
雰囲気づくりに凝ってるのは確かだな、と一馬は店内を見回して、ちょっと考え直した。
「はぁい、改めましていらっしゃいませ。ワタクシ、当店の店長、木坂麗人と申します」
一馬と綾子が知る限り、どのフィクションよりも端正で陽気な吸血鬼は、優雅に一礼した。牙は外したようだ。
「店長?」
「今日はね。昨日は違うよ」
店の従業員となる生徒も、昨日と今日でなるべくかぶらないようにしているという。
「せっかくの学祭だから、見て回る時間も欲しいじゃない?」
ということでシフトを工夫したのだという。そういえば
俺のクラスよりいろいろ、きめ細かく考えているのは確かだな、と一馬は認めざるを得なくなった。
――この木坂麗人ってヤツは、能力はあるんだよな。ただもう少し、活用のしかたってものが……。
顔面筋肉を動かさずにそうつぶやいたところで、校内各所のスピーカーが、ピンポンパンポーン、とチャイムを歌い、陽気にしゃべり始めた。
「学祭実行委員会よりお知らせです。第1次仮装行列にご参加いただける方を、11時まで受け付けております。受付場所は、玄関すぐ内側です。校外からのご参加大歓迎です。第1次仮装行列は、11時に受付終了後、11時10分頃より校内をめぐる予定です。皆様、ご声援をよろしくお願いします。なお第2次仮装行列は、12時から13時まで受け付け予定です。繰り返します……」
「ガチだな」
つぶやいて、一馬は頭をがりがりかいた。慣れないカチューシャが気になってちょっとかゆい。本当にやるのか仮装行列。それも第1次第2次って。
「いや、年々参加者減ってるらしいのよ」
と麗人が補足した。
「仮装してる生徒は多いんだけどね。行列組んで校内練り歩いてまで見せびらかしたい人は減ってきてるみたい」
さもあらん、と一馬は思ったが、口にするのは控えた。一馬自身、今の姿で仮装行列なんて全力で辞退申し上げたかった。周囲のコスプレ率が高いので忘れそうになるが、自分は今とんでもなく恥ずかしい恰好をしているのだ(と思う)。この上自由意思でさらし者になりに行くなんて、正気の沙汰とは思えない――これは一馬個人が、自分の仮装した姿を考慮した上で至った感想であって、学祭すなわちお祭りなのだから、ハメを外してはしゃぎたい人が自発的に仮装行列に加わるのはもちろん自由だし、軽蔑の思いもない。あくまでも一馬個人が、自分の仮装を
「校外の参加者大歓迎ってよぉ。カズちゃん、どーお?」
「遠慮しとく。お前こそ、参加して目立ってきたらどうだ?」
「オレ今日はシャングリラ店長なの。ステージのときだけ休憩がてら抜けるけど、あとはお店にいるのがつ・と・め」
「そうか……」
ちょっと意外な思いで、一馬は麗人をながめた。――ちゃんと仕事はするんだ。案外きちんとしているところ「も」あるんだな。
麗人の背後で、別のテーブルに飲み物を運んできた男子がいた。黒いマントとフードにすっぽり全身を包んでいる。ふと見えた横顔を、何やら釈然としない表情が駆け抜けていく。
「あれ、
何気なく麗人は声をかけた。小林と呼ばれた男子は、死神の仮装をしていて、昨日は仮面もかぶっていた。大きな鎌も持っていたが、店での接客には邪魔だろうから、こちらは手にしていないのは納得できる。
「……なくしちまった。今朝の朝礼の直後は確かにあったんだけど。どこかで何かで外して、気がついたらなくなってた」
「あんれま」
「まあ、いいんだけどな。どうせ百均で買ったやつだし、学祭終わったら使い道ないし」
「でも、落ち着かないよねえ」
気の毒には思ったが、どうしてやりようもない。今日は外部の人もたくさん来校しているから、もう出てこないかもしれなかった。
「おい」
いつの間に入ってきたのか、ぬっ、と黒川が割って入った。
「うわっ」
「あれ、遥ちゃん、え、もう時間?」
「少しばっかり早いけどな。ある程度教室見て回って、中途半端な時間になったから戻ってきた」
「じゃ、行っとこーか。アヤちゃん、カズちゃん、ゆっくりしていってね。……
「はーい、おつかれさま。がんばってね」
というわけで、比較的まじめに、麗人と黒川とはステージの出番にそなえ、ホストキャバクラ「シャングリラ」を後にしたのだった。
「ゆっくり」とは言われたものの、もう少し回りたいので、一馬と綾子とはコーラとミックスジュースを飲み終わると、早々に退店した。喫茶店を2カ所続けて入るのはちょっとつらいので、5組と6組の肝試し企画を堪能してから、
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