29 企画提案の困難さについて

「いらっしゃい。うわ、アヤちゃん、すごい似合う」

 とてつもなくナチュラルに、木坂きさか麗人れいとは言ってのけた。綾子あやこははにかむように笑う。

「あはは、ありがとう。……木坂くん、違和感ないね」

「えへへ、そーでしょう」

 ……なんでこうコイツは、女子への賛辞がするっと出てくるのだろう。それがこの男の日常なんだろうか。苦々しい思いを噛み潰しつつ、一馬かずまは呆れ気味に麗人をしげしげとながめた。


 麗人の仮装は、わかりやすく、吸血鬼らしい。黒の上下、中世あたりのヨーロッパ貴族が身につけていそうなヒラヒラのレースの胸飾り(ジャボというのだと、後になって一馬はネットで知った)、黒く裏地が赤い襟付きの長いマント、黒のシルクハット、黒い革靴。普段から(登下校時に!)タキシードを着ているだけあって、えらく自然に着こなしていて、さまになっている。プラスチック製の牙をくわえているのが吸血鬼ポイントか。普段は丸っこい目がつり上がって見えるのは、アイメイクということだ。


「アイメイクって、自分でやったのかな、誰かにやってもらったのかな」

 後刻、綾子がそんな疑問を口にしていた。一馬は想像しかけてやめたものである。


 とにかく、麗人に吸血鬼のスタイルはよく似合っていた。難くせをつけるとしたら、吸血鬼の割に表情がにこにこと明るすぎることか。

「どうアヤちゃん、オレが校内案内してあげ」

「よう木坂麗人、お招きに応じて来てやったぜ」

 他人の彼女を口説こうとする麗人の前に、一馬はずいっと割り込んでやった。

「あ、カズちゃんも来たの。わ、狼男じゃん」

「うるせえ」


 一馬は、高音にくるとかすれ気味のテナーで、せいぜい憎々しげに応じておいた。来たのもなにも、チケットをくれたのは麗人なのだから、当たり前の行動である。どうせこちらをおちょくるためにわざと言っているのだから、乗るだけ損だ。


「しかし、盛況というか、なんかモノスゴイな。毎年こうなのか」

「まあねー。仮装が入ると、みんなスイッチ切り替わるみたいね」

 改めて一馬は見回した。明洋めいよう高校は二高にこうより規模が小さいはずなのに、確かに熱気が段違いだ。盛り上がり、そして騒がしい。


「おお、岬井みさきいではないか!」

 よく響くバスの大音量が投げかけられ、余波をこうむった生徒たちはつんのめりそうになった。人ごみの中を、のっしのっしと歩いてくる巨体がいる。江平えびら弓弦ゆづるだ。その姿に一馬は、軽いめまいを感じ、麗人も綾子も一瞬気圧けおされたように黙り込んだ。落武者の仮装である。ただでさえでかいのに、烏帽子えぼしまでかぶっているので、目立つことこの上ない。着こんだ鎧や烏帽子のあちこちに、折れた矢が刺さっていたり、負傷を装った包帯を巻いていたりと、なかなか芸が細かい。


「わーお、エビらん、気合入ってるね」

「落武者かよ」

「うむ、法師や神職では変わりばえがしないと思ってな……おお、根岸ねぎしも来てくれたのか。我が2年1組は、茶処ちゃどころ皿屋敷を開催中だ。のぞいてくれるとありがたい」

「皿屋敷……」

 一馬は軽く眉を寄せた。落武者と関係あるのかというツッコミが脳裏をよぎったが、これは黙っておいた方がいいなという結論が1秒未満で出た。


「けどやっぱ、飲食店とかお化け屋敷多いんだな」

 かわりにそう話をふると、麗人も困惑したように微笑しながら、首を傾けた。

「うーん、そのへんの発想はやっぱりなかなか難しいねえ」

「だからおれが、休憩所がいいって言ったのによぉ」

 不機嫌とも面倒とも判じがたい、純度の高いバリトンが、横合いから入ってきた。いつの間にか黒川くろかわはるかが来ていたのだ。


「あ、黒川くん。チケットありがとうね」

「よお」

 綾子に不愛想きわまるあいさつをして、黒川はちらっと自分たちの教室の方角を見やった。黒川の仮装はどうやら、古い映画に登場した殺人鬼らしい。とはいっても、普段とほぼ同じ恰好だ。黒いTシャツ、カーキのオーバーサイズのボタンシャツ、迷彩模様のボトムス、黒いコンバットブーツ、サングラス。ただ頭に、ホッケーマスクを斜めに、縁日のお面よろしく引っかけているだけだ。仮装ってこれでよかったのかと、一馬は急に恥ずかしくなった。……コイツ、ずるくないか? これは手抜きとはいわんのか? 黒いコウモリヒーローや麗人の吸血鬼など、完成度の高い仮装もいくつか見ていながら一馬は、ずいぶんと身勝手な言いがかりを秘めた視線で、黒川をじろじろと観察した。


「休憩所って?」

 いろいろなものを脇へ置いて、一馬は発言の真意をたずねてみた。

「休憩所は休憩所だ。壁際に椅子並べて、教室の真ん中に机3つくらい置いて、学祭のパンフと、あめと、えーと、アレだ、いい匂いするやつ」

「ルームフレグランス?」

 似合いすぎる吸血鬼が助け舟を出す。

「それだ。これなら運営もラクだろ」

「それいいな」

 つい一馬は感心してしまった。ウチもそれやればよかった。来年は3年生だし、このアイデアを活かす機会はあるだろうか。


「その提案が却下されてしまったというわけか」

「地味っちゃ地味だからね」

 麗人が苦笑しながら補足し、黒川は、けっ、と横を向いた。


「ちなみにオレは、ディスコって提案したんだけど、後夜祭とかぶるからだめだった」

「ほかのクラスとかぶるよりは、そっちの方がよさそうな気がするけどな」

 一馬は素直に支持した。文化祭の企画が似たものが多く、どう回ればいいのやらと、軽く困惑していたところだったので。


 ふと気づくと、落武者姿の江平は妙ににこにこしながら、一馬ににじり寄って来ている。どうやら感想が聞きたいらしい……。

「あ、ああ……似合うぞ」

「さようなことはないと申すに!」

 じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなのだ。とツッコもうとした矢先、落武者の怪力でばしっと背中をたたかれた。否、当人は照れ隠しの軽い冗談のつもりだろうが、腕力のセルフコントロールというものが甘い。証拠に一馬はげほごほと咳き込んでしまった。

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