28 狼男と魔女が来た

 明洋めいよう高校の学祭、文化祭2日目。終日、教室企画と展示が続けられる。これと並行して体育館では、10時から14時まで、クラブ及び個人有志によるステージも催される(11時半から12時半までの昼休憩を挟む)。この日のステージは観客も任意観覧で、演目と演目の間の入退場も自由だ。生徒たちの行動も、朝のホームルームが終われば、夕方のホームルームまでは制限されない。昼食の時間も各自で確保することになっている。


 今日は外部からの客も、9時から15時まで(入場は14時半まで)受け入れられる。ただし客はチケットを持っていることが条件だ。生徒の家族のほか、他校生が多い。特定のクラスやクラブ、個人有志の、展示やステージをお目当てにして来校するのが定番である。


「で、どこから回る?」

 根岸ねぎし綾子あやこが帽子の角度を直しながらたずねてきた。百均で買ったという魔女の帽子はサイズがひとつしかなく、綾子にとっては油断するとすぐ目の上までずり落ちてきてしまう大きさらしい。

「やっぱり、木坂きさかくんとか黒川くろかわくんとか江平えびらくんのところ?」

「まあ、そのつもりではあるけど。チケットもらったしな」


 中途半端な狼男に扮した岬井みさきい一馬かずまは、受付でもらったパンフレットをめくった。プログラムと、校内の案内が載っている。木坂麗人れいとはどうにもいけ好かないとはいえ、義理を欠くのは一馬の流儀ではない。それとこれとは別問題だ。


「ええと、木坂麗人と黒川のやつは、ステージにも出るって言ってたな。……ここだ。昼前か。あちこちの教室回る時間はありそうだな。……にしても――」

 各教室の企画を確認して、一馬は心なしか、眉をひそめた。


「――なんでこうも、飲食店とかお化け屋敷、ばっかりかな」


 各クラスの企画は見たところ、喫茶店とお化け屋敷が大半を占める。1、2年生の計12クラスのほとんどが、そのどちらかなのだ。2年生だけでも、1組が茶処ちゃどころ皿屋敷、2組がぬいぐるみ喫茶、3組が謎解きお化け屋敷、4組がホストキャバクラ(!)、5組が肝試し迷路、6組がゴーストハント。1組などは喫茶店とお化け屋敷の合わせ技である。落ち着いて茶が飲めるのかどうか、はなはだ疑問だ。4組にしたって、高校の学祭でお酒や複雑な調理品を扱えるはずがないのだから、実質喫茶店であろう。3年生のクラスは不参加のようで、彼らの教室が並ぶ一角は、部外者立ち入り禁止とされていた。


 チケットをくれたという事情からすれば、木坂麗人と黒川のいる2年4組を最初に尋ねるのがスジであろう。しかし、廊下はごった返しているし、人波に入り込んでしまうとエスカレーターのような流れに乗ることになってしまう。それに、校内の模擬店では喫茶か軽食がせいぜいで、しっかり食べられるメニューは期待できそうにない。ステージにも行くことを考えると、校内で飲んだり食べたりするタイミングはよく考える必要がありそうだった。どうせ外に出ないとまともな昼食はとれないのだ。ステージを見に行く時間は動かせないとして……木坂麗人と黒川が出演の準備に向かうのは出番直前ではなく、もっと早いだろうから……。


「うん、やっぱり2年4組に先に行こう。で、飲食じゃないところをいくつかのぞいて、それから江平の2年1組に行って、その後ステージを見に行く、くらいのペースでどうかな」

「うん」

 というわけで――一馬はさりげなく、綾子に片手をさしのべた。この人ごみじゃ、はぐれたらたいへんだよという大義名分で。そして綾子が素直に応じてくれたことに、ああ来てよかったなどと、身勝手な感想をかみしめるのだった。



 混雑の理由が半分、判明した。教室棟に入るあたりに、それぞれの企画に客を勧誘するため、生徒たちがたむろしていたのだ。「らっしゃいらっしゃーい」などと威勢の良い声も聞こえてくる。生徒たちはここから各教室に誘導されるため、のろのろした動く歩道状態の流れができあがっていたというわけだ。1階の、1年生の教室に向かう地点でこうなのだから、真上の2年生の教室棟入り口の光景も簡単に想像がつく、というよりほぼこのままだろう。階段もそれこそエスカレーターのように流れができていた。「ミニスカートは階段に注意!」と張り紙された踊り場を通り抜け、さらに上る。


 階段を上がりきって角を曲がった。とんでもない、1年生以上にめちゃくちゃだ。人口密度も仮装率も格段に高く、騒ぎ方も比べ物にならない。最初に目が引きつけられたのは――あんなに離れているのに――妙に自然に、黒いタキシードと黒い長マントとシルクハットを着こなし、すらっと立っている若者だった。にこやかな横顔が印象的で、周囲の女子数人と楽しそうに談笑している。けっ、と吐き出したくなるのを一馬はこらえた。


 そのタイミングで、話が途切れたのだろう。

「あ、アヤちゃんだ、おーい」

 その男は目ざとくこちらをみつけ、にこにこ笑って手を振りながら近づいてきた。なんでこうも、女子に関してはアンテナが鋭いのか。声もまたムカつく。といっても声質はとてもきれいだ。バイオリンのようなつややかなテナー。だがこの声と口調に一馬はなぜか、毎度腹が立つのである。いや、なぜかなどとごまかしはやめようと、一馬はぶんぶんと首を振って、声の主、木坂麗人を軽くにらんだ。人の流れができていたので、ごった返す割にはすんなり、一馬と綾子は麗人のもとへたどり着いてしまった。

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