27 チケット攻防戦

 岬井みさきい一馬かずま根岸ねぎし綾子あやこが、明洋めいよう高校の文化祭のチケットをもらったのは、今週月曜の放課後のことだった。カリマンタン・カフェの店内で、麗人れいと黒川くろかわ、一馬、綾子は、4人掛けのテーブルに座っていた。一馬が、綾子と麗人が隣り合わせや真向かいの配席になることを妨害して、自分が麗人の向かいに座った。自然、黒川と綾子が向かい合わせになる。


 一馬は、中学生の頃に、麗人と同じクラスにいたことがある。特段親しくしていたつもりはないのだが、高校が別々になった今でも、どういうわけか関わる機会が多い。これが腐れ縁といううやつなのかと、一馬は苦々しく思わずにいられない。


江平えびらは?」

「今日は欠席。明日お通夜が入ったとかで、準備の手伝いがあるからって」

「忙しいんだな。あいつ、よくお手伝いしてるよな」

「僧侶とか神職には盆も正月もない、って言ってたよ。真顔で」

「……言わんとすることはわかるけど、言い回し的に、なんかおかしくないか?」

「それは天然なのか、江平なりのボケなのか?」

「んーん、どっちともとれるところが怖いところで」

「江平の恐ろしい才能を思い知ったよ。ボケの木坂きさか麗人さえツッコミに回してしまうところだ」

「どーゆーイミよ、カズちゃん、それは」

 欠席の江平をさかなに、ひとしきり盛り上がる。


「はい、これ。先週お招きいただいたお礼ね」

「おお、サンキュ」

 麗人から差し出された黄色いチケットを、一馬は受け取った。


 麗人たちが通う明洋高校の学祭は、チケット制で、しかも部外者が入場できるのは文化祭2日目のみである。曜日で言えば土曜日にあたっていた。明洋高校の生徒たちは、ひとりにつき2枚のチケットが配付される。つまり生徒ひとりがふたりの部外者を招くことができるのだ。家族、他校の友人、あたりが多いだろうか。もっと多くのチケットが追加で必要な場合は、学祭実行委員会(つまり生徒会執行部)に申請し、審査を受けなければならないことになっている。ちなみに、麗人が追加申請したチケット10枚は、すべて他校の交際相手に配付を予定していたもので、あっさりと「却下」が言い渡されていた。


 一馬と綾子の室口むろぐち第二高等学校は、一週間違いで学祭が開催されていた。内容は明洋高校と似たようなもので、金曜土曜が文化祭、日曜が体育祭であり、やはり文化祭2日目のみが部外者の入場が認められていた。一馬が麗人たちに「ヒマならどうだ?」と声をかけたところ、江平は家の手伝いで来られなかったが、麗人と黒川が遊びに来て、一馬と綾子のクラスの縁日のようなイベントを堪能してくれた。その後校内あちこちを見て回った後、黒川は2時間足らずで辞去したが、麗人はほぼ半日、女子生徒をナンパしまくり、一馬につまみ出されるまでそれでも数人の女子と連絡先交換に成功したと見られている。実際にデートしたかどうかは一馬の知るところではない。


 お互いの学校の学祭を知るのは、今年が初めてだった。去年は日程が丸かぶりで、他校に遊びに行くどころではなかったのだ。そして、4人が集まったこの月曜日、二高は、学祭の後の代休日だったのである。


「うん、写真撮影禁止、了解……え、なんだコレ、おい」

 チケットを眺めて、一馬は軽く眉を寄せた。

「なんだよこの、仮装大歓迎って。本気か?」

「その下にあるでしょ、仮装行列ありって」

「いや、イベントの有無じゃなくてさ」

「ウチのガッコ、学祭のハジケっぷりは、なかなかよねぇ」

 10月下旬にやるからってハロウィンと関連付けなくてもいいのにねぇ――麗人の笑みには微妙に困惑の成分が混じっている。こいつにしては正論だな、とは一馬は胸中にとどめた。まあ、珍しく正論ぽいものを口にしつつも、日常が仮装しているような男だけどな、という感想もついでに、一緒にとどめておく。


 黙っていた黒川がおもむろに、自分もチケットを1枚抜き出し、綾子へ差し出した。ん、とつっけんどんに差し出されたチケットが視界に入って、綾子はちょっとびっくりして顔を上げた。

「あんたも、岬井と、来るだろ」

 愛想もなにもない、いつもと同じ表情で、面倒なのか不機嫌なのかさっぱりわからない。が、綾子は表情ではなく言動と心遣いに、素直に礼を言って受け取った。

「あ、ありがとう」

「ドウイタシマシテ」

 カタカナにしか聞こえない棒読みで、黒川は応じた。その横顔を、ナンパ好きな男と綾子の彼氏が、じとっと睨む。


「ちょおっと、はるかちゃん、女の子にチケットあげるのはオレの領分デショ」

「なら、とっととお前が渡しゃよかったじゃねえかよ、ぐずぐずしねえで」

「順序ってモノがあるでしょーよ、まずはご招待のお返しがスジじゃない?」

「ほーお、お前からスジなんて言葉を聞くとはなあ」


 ふたりの不毛な言い合いを聞き流しつつ、一馬はちらっと見た。一馬とおそろいのチケットを見つめて、そっと微笑んでいる綾子を。そして、うっとおしそうながらどこか楽しげに、麗人をあしらう黒川を。


 ……どことなく心穏やかでないのは、俺の心が狭いから、なんだろうか……。


 そういえば。黒川に関連して、一馬はもうひとつ、思い出したことがある。この日、4人でカリマンタン・カフェで会ってチケットの話になったわけだが、実は一馬と綾子はカフェに向かう途中、たまたま黒川と合流して、3人で一緒に入店する流れになったのだ。ふたりで道を歩いていたら、すぐ目の前の雑居ビルの階段から、黒川が下りてきたのである。ビルといっても2階建てで、2階には道路から直接階段を上がる構造になっているものだった。黒川は、お邪魔かな、という顔をしたが、どうせ同じ店に向かうため別行動するのもおかしな話で、3人で一緒に歩くことになったのだ。一馬はふと通りすがりに、その雑居ビルの階段に並んだ案内板をのぞいたのだが、2階に入居している事務所ではっきりわかったのは、なんとかいう「法律事務所」だけだった。弁護士か。しかし、一馬はなんとなく、黒川に聞きそびれてしまったのだった。プライバシーだとわかってはいるが。弁護士に何の用事だったのだろう。黒川には悪びれるそぶりもなかったから、犯罪や法に触れるトラブルとは思いたくないが。いや、そもそも本当に弁護士事務所から出てきたのかどうかもわからないじゃないか。……黒川にモヤついてしまったのは、そんな流れもあったせいかもしれない。

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