34 パーッと騒ぎましょ

 こうして学祭2日目、文化祭の最終日は、後味の悪さをかみしめながら終了した。明日はいよいよ体育祭であるが、「がんばるぞ、おー」というノリにならなかったことは確実だ。2年4組の教室は、なんとなくしらけてしまった。ホームルームが終了し、気づくと、渡辺わたなべはいつの間にか姿を消していた。根性のないヤツねえ、と麗人れいとは内心でつぶやいた。かといって、麗人や黒川くろかわが気分よくなったわけではない。


 生徒たちは、それぞれのチームごとに「さぁて行かなきゃ」と、各自なんとか気分を切り替え、動き出した。麗人も黒川も、あまりいい気持ちはしないまま、廊下へ出る。


木坂きさか、黒川」

 余村よむら先生が呼びかけながら近づくと、小声で続けた。

「お前らは困った奴らだが、積極的に他人に迷惑をかけておもしろがるような奴らじゃないことは、わかっているからな」


 ……麗人と黒川がとっさの受け答えができずにいる間に、余村はさっさと離れ、職員室に戻るために廊下を遠ざかってしまった。余村に自覚はなかったが、彼はこのとき、問題児コンビをそろって黙らせるという快挙を成し遂げたのである。

 しかし余村の発言を、たとえば室口むろぐち第二高校に在籍する岬井みさきい一馬かずまという男が聞いたなら、「いや、別の意味で迷惑かけまくってると思いますよ」と異論をはさむかもしれない。


「…………どーしちゃったんだろ、余村センセ」

「背中がかいぃわ」

 どうやらそれぞれに、調子が狂ったようであった。


     ◯


 最終下校時刻とされる18時ぎりぎりで、各チームともようやくお開きとなった。やはり今日もすっかり暗くなっている。麗人は石田いしだ雪乃ゆきののことが気になったが、「今日は女子複数で帰るとよ」と、なぜか黒川から伝言を受け取り、軽く首をひねりつつも帰ることにした。


「お疲れ」

 昇降口の近くで、1組の江平えびら弓弦ゆづると会った。

「よう、1組そっちはなんだか大変だったようだな。お前は無事だったか」

 黒川が、盗難事件の騒ぎをねぎらう声をかける。

「うむ、聞き及んだか。どうも気分がよくない。私は財布を持ち歩いていたゆえ無事だったがな。そちらに被害はないか」

「……被害といっていいかわからないけど、まあ微妙なケースはあったね」

 麗人の説明はほとんどボカシになっていない。


「まったく、明日は体育祭だというのに、おかげでどうも盛り上がらぬ……。どうだ、この後うちに来ぬか? 気分を変えたい」

「あ、賛成! パーッといこう」

「景気づけに一杯やるか」

「体育祭前日に酒はマズイと思うよぉ」

「その前に、学校で堂々と酒の話をするべきでなかろう」

 ……彼らは未成年の高校生である。酒を飲んではならない。


「カズちゃん呼んでいい? 明日日曜ならヒマだろーし」

「もちろんだ、だが徹夜はなしでな」

「終わったら寮に帰って寝る、朝もその方が楽だ」

「食べるものは各自で用意だぞ」

 先に帰るから、少し遅れて来てくれ――江平は靴を履き替えると、急ぎ足で夕暮れの中に溶けて行った。麗人は昇降口を出たところで電話をかけ、一馬は「相変わらず能天気だな」などと文句をつけながらも、後から行くと参加表明してきた。


「カズちゃん連絡オッケー」

「バイクで行くか」

「コンビニ寄らないとね」


 ストレス発散に騒げるとなると、俄然元気が出てきた。ふたりは寮に帰り、そのままごろごろできるようにとTシャツとジャージに着替えた。スマホと財布など必要最低限のものだけ持って、門限という言葉を躊躇ちゅうちょなく心の辞書から消去して、ヘルメットをかぶって出発した――あまり飛ばさず、交通の妨げにならない速度を保つため、風を切って、とは表現できないが。途中のコンビニで、食事とおやつと飲み物(ノンアルコール)をしっかり買い込む。さらに時間つぶしを兼ねて途中の書店に立ち寄り、麗人は真剣なまなざしで探し回った挙句、落胆して店を出ることになった。

「何探してたんだ」

寺田てらだキリカの写真集……やっぱりないね」

「……………………」

 大通りからはずれて、住宅地へ向かう細い道へ入っていく。トンネルのように木々が集中する一帯を抜けてしばらく進むと、道の右側に住宅が並び、左側が農耕地という光景にたどりつく。


「……ありゃっ」

 麗人が奇妙な声を上げた。黒川も顔を上げ、ブレーキをかけて、片足を地面に着けた。


 江平の離れ屋は、道の左側に広がる農耕地の中、設けられた駐車場にぽつんと、ガレージとともに建っているという立地である。なので、遠くからでもわかる。駐車場の敷地に止まっていたパトカーが、赤いライトを点灯させたまま、ゆっくりと動いて狭い道路へ出てくるのを見てとることができるほどに。

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