江平の部屋にて

35 台風一過

「ドロボー……ねえ」


 さすがの問題児コンビも、あっけにとられて玄関に立ちつくしていた。木坂きさか麗人れいともそう言ったきり、二の句が継げない。黒川くろかわはるかは片足を上げて、下ろし直した。すぐそばにまだ、小銭が散らばっているためだ。


「うむ……」

 江平えびら弓弦ゆづるもまだ衝撃から立ち直っていないようだ。着替える暇もなく、制服のままである。

 ほぼワンルームに近い間取りの中は、まさしく台風が通り過ぎた後のような荒れようだった。


「よう、何突っ立って……」

 遅れて到着した岬井みさきい一馬かずまが、麗人と黒川の後ろからひょいとのぞきこみ、しばらく凍りついた。

「……お前ら、いくらなんでもはしゃぎすぎだろう」

「おれらじゃねえ、泥棒が入ったんだとよ」

「ど…………!」

 黒川に返され、さすがに一馬も目をむいた。


「エビらん、盗まれたものあるの? 通帳とか無事?」

「通帳はやられた。真っ先に確認した。あの下だ……おのれ」

「……ああ、道理であそこだけ……」

 麗人にたずねられて江平が指さしたのは、板間に敷かれたユニット畳の1枚だった。部屋中散らかっているのに、その1枚だけ不自然なほど、何も載っていない。おそらく、江平が真っ先に物を取り除けて畳を持ち上げ、下を確認したのだろう。そこも含めて、ユニット畳の配置はめちゃくちゃに乱れている。江平なら、こんな敷き方はしない。


「畳、ぐちゃぐちゃだね。警察がめくって調べたから?」

「帰宅したときにはもうこんな様子だった。警察は極力、いろいろな配置を変えないように調べていたがな」

「だよねえ。キャッシュカードとか印鑑は?」

母家おもやに預けてあるので大事ない」

「ほかには……っと、ここの小銭か」

「見るからに、五百円玉と百円玉がなくなっている。多少取りこぼしはあるようだが、……ざっくりと、二千七百円ほどが盗まれた計算になるか。ああ、ビンの破片があるから気をつけよ」

「……小銭の数、把握してんの?」

 どうやら江平は、大きなガラスのビンに小銭を貯めていたらしい。そのビンが玄関ドアすぐ内側で三和土たたきに打ちつけられて、小銭が散乱したというわけだ。見たところ、大半が十円玉、少数が一円玉、わずかに五円玉、ごくまれに百円玉。五百円玉はぱっとは見られない。

 これは意図してのことか。それとも事故で、ついでの流れか。


「お札の方は?」

「ここ数日は部屋に置いておらぬ。今日も財布に入れて持ち歩いていたので無事だ」

「ほかに何か?」

「買い置きのパンがなくなっている。カップラーメンは手つかずのようだが……後は、片づけてみないとわからぬ」

「なんだそりゃあ」

 かすれ気味の高音を、一馬が上げた。


「母家は無事だったの? 神社とかお寺とか」

「両親によれば、異状はまったくないそうだ」

「…………どーゆーコト?」

「変な泥棒だな」

「ここを、ピンポイントで?」

 麗人、黒川、一馬は、それぞれに感想を吐き出して、顔を見合わせた。


 部屋の規模、ハンガーにかけてある制服のジャケット、本棚の教科書を見れば、高校生がひとりで起居している部屋であることは察しがつくはずだ。それも、どう考えても、お金持ちな高校生の優雅なひとり暮らし、ではない。

 泥棒に常識(?)があるなら、滴中てきちゅう寺や蕪屋かぶらや神社の方を狙うだろう。もしくは母家か。木々に覆われた立地なので、外から発見もされにくい。だが実際に荒らされたのは、鎮守の森から外れ、細いとはいえ道を1本渡り、農耕地の中で周囲からほぼ丸見えの、駐車場の一角にある離れ屋なのだ。しかも、ここは住宅地のどん詰まりである。通りかかったついでに寄るような立地ではないのだ。


 江平も、麗人や黒川とほぼ同じ地点で、異変に気付いたという。ガレージのすぐそばに、赤いライトを点灯させたパトカーが停まっている、という事態に。いつの間にか、離れ屋のドアの鍵が壊されていたらしい。しかしドアそのものは閉まっていたので、両親が異状に気付いたのは夕方だったとのこと。ただちに警察が呼ばれ、捜査が行われているところへ、江平が帰ってきたという流れだったのだ。居住者が帰ってきたところで、改めてなくなったものはないかと尋ねられ、真っ先に畳を1枚めくって、通帳がなくなっていることを確かめたのである。警察の調べでは、空き巣はおそらく午前中、早いうちに入ったのだろうということだった。江平が登校した直後かもしれない、とも。


「なーんか最近、泥棒ヅいてるのよねぇ……」


 麗人は靴を脱いで、そっと上がり込んだ。

「あららぁ、ドラムセットまで。壊れてない?」

 麗人は心配そうに声を上げた。ドラムやらシンバルやらは、乱暴に押しのけられたという印象を受ける。ただ、割れているとかいうことはなさそうだった。

「うむ、致命傷ではなさそうだ」


 黒川と一馬も、靴を脱いで上がってきた。

「もう、片づけていいんだろう。手ぇ貸すわ。江平、お前ここの小銭拾えよ」

「いや、皆の手を煩わすわけには……」

「片づけないと宴会できないじゃーん」

「おれらにここで、ぼさっと突っ立って待ってろってのかよ」

「みんなでやった方が早いよ」

「…………すまぬ」

 江平は頭を下げ、素直に好意に甘えることにした。

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