36 文章派

 一馬かずまがきびきびと動き始めた。なんといっても悪友3人とも、勝手をよく知っていることが大きい。


「とりあえずこの、押入れの上段に布団入れるところから始めるか。黒川くろかわ、掛布団頼む」

「おう」

 ふたりで布団をしまい始める。その下段に、開けっ放しの金庫があることに、麗人れいとは気づいた。さすがに、こんなところに金庫があることまでは知らなかった。


「……エビらん、金庫開けたの、泥棒?」

「ぬ? うむ、そうだ」

 放置されていた小銭をかき集めていた江平えびらは、顔を上げて答えた。


「え、金庫って、どうやって開けたんだろう」

「それはな、私がこの部屋を使うよりもっと前からここにある、古い物なのだ。両親も把握していないらしい。ダイヤルを使わなくとも、鍵穴に鍵を差して回して、力加減を工夫すると簡単に開いてしまう。はったりにはなるがな」

「古いやつだとありがちだな」

 上段に布団を突っ込み終えた黒川が、少し下がって、金庫を眺めてコメントした。

「鍵は?」

「……無事だというか、変わらずここにある」

 江平の机は、座って右側に三段の引き出しがある。二段目と三段目は開けっ放しになっているが、閉まったままの一段目を江平は引っ張り、鍵の所在を確認して、閉め直した。


「鍵じゃなくてもよさそうだな」

 黒川はしゃがみこんで金庫を観察している。

「警察が何か言ってなかったか」

「うむ、どうやら針金か何かを突っ込んで開けたらしいと」

「だろうな」

 黒川にそう言わせたのは、鍵穴近くの、真新しく乱暴な引っかき傷だった。江平ならつける必要もない傷だ。

「中身無事なの? 開いてるけど」

「そんな頼りない金庫にたいしたものは入れておらぬ。そこは無事だ」

「ちょっと拝見」

「あ、待て、見てもよいとは……」

「……わぉ、望月もちづきのグラビア切り抜きじゃん」

「ああ、あの巨乳の」

 ややテンションの上がった麗人に対し、興味のなさそうなそっけない反応は黒川だ。

「ちょっと、コレ、かなりキワドくなぁい? どこから切ったのよォ」

「どこでもよかろうが!」

「あ、ウラにメモしてあった。几帳面だなぁ。……え、この雑誌に出てたことあったの? 今度からチェックしないと」

「そっちは何だ、見せろよ」

「あっ、そっちはイカン!」

「おう、英語6点。おれより悪いな。……こっちは、化学の……」

「やめよと申しておる!」

「片付かねえ!」

 正論を怒鳴り上げたのは、部屋の主ではなく、岬井みさきい一馬だった。

「アラ探しは後にしろ! しまえ!」

 ……もっともなので、3人は仕方なさそうに、片付け作業を再開した。


「そっち閉めるぞ、いいな」

 布団と金庫のスペースが閉められ、隣の押入れスペースに一馬は、扇風機や、ビニールに包まれたままのこたつ布団など、季節はずれの家電関連を押し込んでいく。そんなものまで引っ張り出されていたのだ。空いてきたスペースで、倒れたままのドラムセットを起こすのは、黒川が担当した。江平は小銭を拾い続け、とりあえず紙袋に放り込んでいる。


 麗人は――なんとなく首を振りながら部屋を見回し、転がったままの文庫本を踏みそうになって、慌てて足をどける。


「この本しまうね」

「うむ、頼む」


 本棚の最上段は文庫本だ。前後2列になってしまいこまれていたはずだ。麗人の目線よりやや高い。麗人は床から数冊拾い上げ、棚の奥に1列残されて並んだままの文庫本の背表紙の一角を、ふと眺めて、首を傾げた。


「……おぉ、官能書院文庫。エビらん、文章派ですか」

「やめよと申すに! しまってくれればよいのだ!」

「はいはい」


 江平の一喝と、一馬のジト目を突き刺され、麗人は太平記だの徒然草だの赤毛のアンだのトム・ソーヤーの冒険だの、文庫本を手前側に押し込んで並べた。

「配置まで覚えてないから、細かいトコは自分でやってね」

「当然だ、感謝する。……詮索はするな」

「それにしても、前列にマジメな本並べて、後列はアレって。しかも源氏物語とかの隣に。さりげなくチャタレイ夫人とかもあるし」

「逆にするわけにはいかぬであろうに」

「そーお? 逆にするのもけっこう漢気おとこぎがあってステキだと思うケド?」

「なにが漢気か! お前はできるのか!」

「うーん、オレ、官能書院文庫は持ってないからなあ。文章よりも、むしろ雑誌とか写真集とか……」

「お前ら、口じゃなくて手を動かせ! 江平、お前が木坂きさか麗人の無駄口に振り回されてどうする!」

「ぬっ」

 またしても一馬に説教されて、江平は首をすくめた。ひとこともない。ドラムセットを置き直した黒川だけが、知らん顔をしていた。

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