59 ショータイムが待っている

「あいつらと言われても、ここから見えぬ」

 当然の抗弁だった。江平えびらは窓から離れたところに、座った体勢で縛られている。窓はどちらも、床まで届く掃き出し窓ではないから、さっきの光景が見えるわけがない。あいつらと言われてどいつらのことなのか、見当がつくはずがなかった。男は舌打ちした。江平に見せてやろうにも、男たちはすでに、滴中てきちゅう寺の門の奥へその姿を溶かしてしまったのだ。


「おっさんと若いのが8人ほどだ。全員黒スーツを着ていた。寺に入って行ったぞ。葬式なのか」

 江平は眉をしかめた。

「私は今日は不在のはずなのだ。家業の予定などわからぬ。そもそも葬儀は急に入るものだ」

 今日は日曜だが、本来江平は体育祭のために登校しているはずだ。両親が来客の予定をわざわざ教えるなどありえなかった。


「もしかすると、葬儀社かもしれぬな」

「なに?」

 数日中に滴中寺で葬儀があるとは聞いていないが、何かセレモニーの打ち合わせだろうかと江平は想像した。

「打合せなら7人も8人も来られることはそうそうないが、まったくないとは言えぬ。私も、小学生の頃から数回は見かけたことがある」

「なんで8人も来る」

「場合によるが、大がかりな仏具を運ぶ必要があることもある。台車が使える地形とも限らぬしな」

「本当だろうな」

「推測だ、見えなかったと言っておろうに。寺社なら珍しくなかろう。スーツなら、ご近所からのご参拝ではなかろうと思っただけだ」


 男はもう一度舌打ちして、江平の口を縛りなおした。繊維が唇の両端を圧迫する。そして男はいらいらと、そばに放置していた江平の二つ折り携帯電話を蹴飛ばした。がつん、と携帯電話は壁にぶつかり、跳ね返った。……江平はまだ、諦めていなかった。酔狂にも、普段から礼服をまとい、不敵な笑みを絶やさず、状況をひっくり返すための武器を見逃さず、最後の一瞬まで機会を狙い続ける手品師。あの男から受けた影響は、意外なほど大きかったようである。江平が訴えた緊急信号が、たとえ麗人れいとに通じていなかったとしても、カプセルは捜し出してくれるだろう。彼がここに来た時、事態は必ず動くはずである。江平は無言のまま、自身の脳に活を入れた。恐怖と疲労と緊張で、脳が化学変化を起こして綿に変わってしまっている。

 このままではまずい。しっかりせねばならない。


     ◯


「……配置完了だって」

 スマホを下ろして終話し、木坂きさか麗人は丸い瞳をきらめかせた。


「おう」

 黒川くろかわはるかは歩道で、バイクにまたがった姿勢のまま、片足を地面につけて、待機している。


「エビらんのご両親は無事らしいよ。てゆーか、何が起こっているのか全然知らなかったみたい」

「じゃ、ひとまずそっちは安心だな」

「まず間違いなく、離れ屋だけで完結している事態というわけか」


「で……今さらだけど、今日はこの恰好でいいのか」

 岬井みさきい一馬かずまがたずねたのは、確認半分、麗人への嫌味半分である。全員が体操服、というより、半袖の上から長袖のジャージを羽織っている。これも学校指定のものだ。半袖体操服の胸には、校章の下に、姓の縫い取りが入っているので、それを隠す目的があった。長袖の方には、姓は記載されていないのだ。


 黒川は、改造モデルガンもナイフも持って来ていない。そればかりか、今回は全員、明洋めいよう高校の体操服から着替えてすらいない。これも今回の作戦のうちだった。いつもならこの流れは、麗人が「勝負服」と呼ぶ、黒いタキシードに着替える場面なのだが。


「今回はね。全員おそろいの体操服を、手品のタネにしてみようかと思って。あと、そのバイクと、スケボーと」

「…………?」


 一馬は、明洋高校からここまで、バイクに遅れながらも漕いできた自転車を振り返った。カゴには、麗人の要請で持ってきたスケボーが入っている。

「今日は3人しかいないけど、エキストラが多いから、ショータイムはド派手にいこうね。エビらんがお世話になったお礼に、大サービスしないと。ハロウィンだし、Trick "and" Treat 、お菓子をあげてイタズラしちゃおう、ってね」

 にこ、と麗人は笑い、「お菓子」の丸いハンカチ包みをくるくる振り回した。彼がこの表情になると、どんなピンチもパフォーマンスに変わってしまう気がして、一馬は反応することを忘れていた。


 大通りから細い道へ、ちょうど分岐する地点の、歩道での会話である。通り過ぎていく車に乗った人々は、この高校生男子たちが、体操服のままくだらない会話に花を咲かせているとしか思えないだろう。

 ここから分かれているのは、両側に濃い緑が茂り、頭上高く伸びている、細い道だ。その先まで進めば農耕地がひらけ、江平の離れ屋が丸見えになる。


「自転車停めるとこあるかな」

「なんとかしようね。じゃ、いいね? 開幕ベル、鳴らすよ」

「おう」

 黒川が短く返事し、一馬は無言のままうなずく。

「それじゃ、It's show time !」

 麗人はスマホの画面をタップした。江平に連絡をとるために。



 ……今年の学祭最大の、危険なショーが、始まる。

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