53 Yes, Fall in Love.
アイアンレースに出場している、青チームの
黒川は、長距離走も短距離走もかなり速い男である。陸上部をはじめ、スポーツ系のクラブに幾度となく勧誘されているが、めんどくせえ、性に合わない、などと一刀両断に切り捨ててきた。そして今回の体育祭では、唯一の長距離走であるアイアンレースと、短距離走の極致ともいえるチーム選抜対抗リレーの、両方に参加するという
だが彼は、現在進行形のアイアンレースで、奇妙な動きを見せていた。スタート直後から、いつもに似合わないもたもたしたペースで、赤チームのなんとかいう男子をマークしていた。そして途中でどうしたわけか、その赤チームの選手と何やらもめ始め、ぱったり足が止まってしまったのだ。雅之ら後続グループは、ふたりをあっさり追い越したが、追い越されたふたりとも気に留めた様子はなかった。審判兼監視役としてところどころに立っているはずの体育委員からは、離れた位置であり、通報すべきかどうかは微妙なところだ。暴力的に走行妨害しているとは言い難い(雅之らが追い越した時点では、黒川の態度はまだそれほどはっきり暴力的とは見えなかった)。なにしろ長距離走なので、みんなすぐさま自分の走りに没頭してしまったのである。
その黒川が、ほぼ最後尾の位置から、驚異的な追い上げを見せていた。もっとも黒川個人は、もうアイアンレースの成績などどうでもよく、急いで学校に戻りたいと思っていただけである。戻るための最短距離が、たまたまアイアンレースのコースと一致していただけのことだった。彼と一緒にいたはずの赤チームの男子は、どうやら完全に、最後尾に放置されたようだ。
雅之の頭に、はじかれたように
心のもやもやはもう、抱え込んでいられないほど重くなっていた。こんなの、誰に相談すればいいのだろう……このとき、背後から黒川が追いついてきたのだ。
本当は、こんな話は
けど。
――黒川も存外、相談に乗ってくれるヤツなんだよな。
かつて文化祭の進め方について、男子寮でグチをこぼしてしまった自分に、アドバイスをくれた奴ら。その後泣いてしまったのは我ながら
「おい、黒川」
ハイペースの黒川に並走を続けながら、雅之は呼びかけた。
「あぁ?」
初めて黒川は、隣の雅之に気がついた。すぐ近くを誰が走っているかなど、いちいち認識していなかったのだ。
「なんだよ」
「お前、彼女、いるか」
「あぁん!?」
黒川の眉間に、深い深いしわが走った。もともと色恋の話は不得手な黒川である。そこへ持って来て、長距離走の最中だったり、江平の身を案じて気が急いていたり、
「ケンカ売っとんか!」
鬼の形相が睨みつけてきた。暴力団の末端構成員なら、たじろがせることができるかもしれない。雅之は多少たじろいだが、引かなかった。
「ごめん、いきなりすぎた。で、いるのか」
「いらんわ!」
怒鳴り声で回答された。「いるか?」という質問の意図に対し、回答の形式が少し間違っているのだが、意味は通じた。
やっぱり相談相手間違ったかな、と若干後悔しつつ雅之は、乗りかかった船にはきっちりよじ登ることにした。
「なあ、女子と、気まずくなったら、どうしたらいいと思う?」
「チワゲンカなんぞ知らん!」
「チワっ…………!」
とっさに息がつまる。
「いや、チワじゃないんだ、ちょっとした言葉の行き違いっちゅーか……」
「チワだかチワワだか知らん、要するにケンカだろうが」
「ケンカっちゅーか、そういうつもりじゃなかったことで傷つけたっちゅーか……」
「傷つけた自覚があんなら謝っとけや、単純なこったろうが」
黒川はもう、女子のことであれこれ考えるのは面倒だったし、それよりも江平の方が気がかりで仕方がなかった。だが余裕がない状態で放たれた言葉は、意外なほど深く、雅之の心に突き刺さっていた。
「傷つけた……」
「ほれてんのか、その女に」
「ほ…………」
不意に、雅之の思考が真っ白になった。がくんとペースが落ちた雅之を一顧だにせず、黒川はそのままの速さで、男子も女子も次々に追い抜いて、遠ざかっていく。
雅之は完全に止まってしまった。脳内では、激しい波が音を立てて渦を巻き、今にもあふれ出ようとしている。
――……ほれてる? オレが?
突然……いつか見た、藤岡
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