52 かすかな光明
アイアンレースがスタートし、女子に続いて男子も校門から出て行ってしまうと、ただちに次の種目スプーンリレーが始まる。アイアンレースの選手が戻ってくるまでにはどうしても時間がかかるので、トラックをふさがずにすんなりできる種目が行われるのだ。これが終わって間もないタイミングで、アイアンレースの選手が戻ってくる、という流れなのである。
その喧騒を聞きながら、
まさかバレーボールと間違われて、一緒にしまわれているってことはないか。一馬はバレーボールのカゴをのぞいてみたが、なさそうだった。――プラスチックだもんな。触ればわかるはずだ。
「……なあ、誰かがボールと間違って、うっかりカプセルを壊してしまって、中身がカプセルから取り出されて別のところに持って行かれた、なんてこと、ないよな?」
「……それ考えだすと、キリがないねぇ」
跳び箱の後ろをのぞきこんでいた麗人は、困惑した表情になった。
「中身がわからないから、捜しようがないもん」
「
「さぁねぇ。知っているとしても、もうこっちに教える手段はないだろうねえ」
ふと――麗人の動きが止まった。壊す……壊す?
「――上、行ってみよう」
麗人は振り切った。1階には武道場もあるが、あの
細長いキャットウォークをステージ上手の方角へ歩いていった先には、音響調整室に入るドアがある。のぞいてみる。プログラムや台本やタブレット端末や筆記用具のたぐいは散らかっているが、意外にかさばるものは少ない。音響調整のための機材がどっかり据え付けられているため、思ったより見やすく、大きなカプセルを隠す余地がないことは、すぐわかった。
キャットウォークには見たところ、模造紙やらガムテープやら工具類がそこそこ放置されていたが、見通しのよい長い通路なので、捜し物には手こずらなかった。アリーナ後方部分には座席があり、ひとクラス分程度の人数が座って鑑賞することが可能だ。
「カズちゃん、もう半周して、向こうっかわの通路見て来てくれる?」
「わかった」
一馬は快足を飛ばし、キャットウォークもう半周を引き受けた。そもそも学校の体育館など、どこもさして構造は変わらない。一馬が行き着いた、下手の先には、音響調整室そっくりの開かずのドアがあるが、ここは除外していいだろう。その間に麗人は座席周りを調べたが、幸か不幸か、ふたりともさして時間を食わず、戦果があがらなかったことが明らかになった。
麗人のスマホが鳴動したのは、このときだった。
『野島から話を聞いた。1組のステージリハの後、体育館からは間違いなく持って出たと言ってる。その後、トイレに寄った。トイレから持ち出した記憶はある。それから2年4組に寄ったが、その後どうしたか覚えてない。で、1組に戻った。江平に返してない自覚はある。4組か1組だ』
走りながらしゃべっているらしく、息遣いのペースで発言が途切れながらだったが、黒川は要領よく話してくれた。
「サンキュ、助かった」
麗人は安堵した。野島は、麗人にたずねられても、真剣な用事だとは思ってくれなかったのかもしれない。とはいっても、黒川もきっと強引すぎるやり方をしたのだろうと想像がつく。こいつらは両極端すぎるんだよなと、そばで聞いていて一馬は思う。野島ってやつも気の毒に、運が悪かったな。
電話を終えると、麗人は一馬にうなずいた。体育館には絶対にない、とはまだ断言できない。野島が手放した後、何かの間違いで、カプセルが再度体育館に運ばれてしまった可能性はゼロではない。しかし、確率としてだいぶ下がったといえるだろう。やはり野島がたどった順番通りに調べてみるのが優先ではないだろうか。
梯子から再度アリーナに下りる。
「はい、ステージリハが終わりました。教室に帰ろうと思ったら、……ここから出るよね」
麗人は、さっきの体育倉庫のすぐ隣にある出入口を指さした。扉を押し開けて通路へ出る。たぶん、体育館に行き来するのに、ここが一番人通りが多い通路だろう。アリーナに直接つながる高さだし、外階段で外部とも直接行き来できる。だからなのか、巨大なガラスケースが設置されて、トロフィーや賞状などが飾られている。一応カプセルが落ちていないかきょろきょろしながら、階段の前を通り抜け、外階段へつながる通路のそばを通り抜けると、ドアがある。ここから渡り廊下の2階だ。麗人はそっと開けて、誰かがうろついていないか確かめると、後続の一馬に合図して、渡り廊下を駆け抜ける。さらにもうひとつのドアを通過すると、教室棟の廊下に入る。
あ、と麗人は声を上げそうになるのをかみ殺した。廊下のすぐ先、2年3組か4組あたりの教室の前で、教師がふたり立っていて、なにごとか話している。どちらも麗人たちには気づいていない。麗人は立ち止まらず、続く一馬に合図して、即座に左へ寄った。6組の教室の手前左にある階段に誘導する。一馬もぎょっとしたが、素早く静かに麗人に従った。音を立てないように階段を上り、3階に上がって3年6組のそばへ出てきた。――ここには人はいなさそうだ。1階でもよかったのだが、3階の方が人が少ないのは理の当然だろう。麗人と一馬は3年生の教室棟の廊下を駆け抜け、1組の教室のそばで廊下を曲がって、別の階段にたどり着き、下りながらそっと様子をうかがった。2階に着いて、一馬に待っていろと合図して、教室棟へ曲がる。――今の間に、ふたりの教師は立ち去ってしまったらしい。麗人と一馬は、一番近くの、2年1組の教室に飛び込んだ。
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