76 代休:月曜日

 ……といった、後日の話はさておいて。


 学祭の日程が終了した翌日の月曜は、学祭の代休にあてられている。とはいえ、ここまでで学祭の片付けが完全に終わっているクラスはまずない。そこで生徒たちは自主的に学校へやって来て、片付けや決算などを行い、終わり次第各自下校するという流れになる。物理的な片付けだけでなく、売り上げ等についてとりまとめる作業も必要な場合がある。後日、学祭クラス委員が執行部に報告しなければならないからだ。もちろん基本的に代休日なので、ホームルームもなく、出席をとることもない。


 悪びれることなく堂々と、ブルーグレイのタキシードに赤い蝶ネクタイ姿でやって来た麗人れいとは、前庭に差し込む朝日に軽く顔をしかめつつ、昇降口に踏み込んだ。黒川くろかわが寝坊して、ぼんやりベッドに座っていたので、放置して先に学校へ来たのだ。


 2階への階段を上る途中、3年生の誰かさんがあわてて駆け下りるのとすれ違う。大部分が、後夜祭の大はしゃぎで余分なエネルギーを発散し、すっきりとした表情になっている。


 2年4組の教室では、どうやら距離が縮まったらしい、妹尾せのお雅之まさゆき藤岡ふじおか麻衣まいとが、雑談している姿が、廊下の窓から見てとれた。

「これ終わったらカリマンタン・カフェ行かない?」

「いいけど、午後暇だったら、遊園地とかはどう?」

「え、ホントに?」

 人数が少ないので、堂々とデートの打ち合わせなどしている。よしよし、と麗人は無言でうなずいた。うまくいきそうでなによりだ。麻衣がどんなにかわいくても、ああいう関係には割り込む発想がない麗人だった。


木坂きさかくん」

 横合いから声がかけられた。石田いしだ雪乃ゆきのが、小走りに廊下を駆けてくる。大きくて平たい紙バッグを提げているので、用件はおのずとわかった。そういえば彼女も、今日は代休日で指定がないというのにAジャケットを着ている。カーディガンの修繕に時間がかかっているのかもしれない。差し出された紙バッグを、麗人は受け取った。

「これ、ありがとう。ごめんね、遅くなって。クリーニングに時間かかっちゃって」

「そんな、よかったのに。わざわざありがとうね。クリーニング代、いくらかかった? 返すよ」

「それじゃ意味ないって」

「そーかぁ」

 麗人とひとしきり笑い合った後、雪乃は気がかりそうに周囲を見た。


「……黒川くんは、今日は?」


 あー、やっぱりはるかちゃんなのね。女の子が大好きな麗人としてはちょっと残念ではあるが、さして落胆もしていない。

「んんー、まだみたいね。そのうち来ると思うけど」

「そう」

 少しの安堵と少しの寂しさとが、混じり合えないままかき回された表情で、雪乃は小さくうなずいた。


「…………学校に、相談してみることにした。あのこと」

「ああ、それがいいね」

 麗人はうなずいた。怖い思いをしたのだし、制服のカーディガンを滅茶苦茶にされるという実害も発生している。相談の動機には十分だ。

「ありがと、助けてくれて」

「お安い御用ってモンよ。……今日は雪乃ちゃんも忙しいんだね。お互いがんばろうね」

「うん、ありがとう。木坂くんもね。じゃ」

 あっさり手を振って、雪乃は自分の教室に戻って行った。

 雪乃の気持ちが黒川にあるのなら、無理に誘ってもしょうがない。こういうときは相手に固執しないが、朝からかわいい女の子と話ができたことは、素直に喜ぶ男であった。


 さて、これだけ廊下でしゃべって騒いだんだから、そろそろ4組の教室に入っても、邪魔者扱いにはされないだろう。


「おっはよー」

「あ、よーす」

「おはよ」

 さりげなく妹尾は、麻衣から顔をそむけた。麗人は、妹尾の目線を盗むように、麻衣にウインクした。やったね、と。麻衣が小さく笑った。と、なぜかこのタイミングで、女子の総務委員の加藤かとう鳴美なるみが教室に入って来て、麗人のウインクを見てびくんと反応した。あれ、と麗人は小さく首をかしげた。

 加藤にあまりよく思われていない自覚はあるが、だからといって女子に冷淡な態度はとらない麗人である。しかし、まさかこのときの自分が、窓から教室に投げ込まれた朝の光に、スタイルのよさとにこやかな笑顔を彩られた姿になっていたことにまでは、気がついていなかった。そして、加藤がここ数日の麗人の活躍を、思い起こしていたということも。


「お…………はよう」


 おや、とまばたきする麗人の前で、加藤はきまり悪そうに視線をそむけると、机にバッグだけ置いて、急ぎ足で廊下へぱたぱたと去って行ってしまった。麗人を装飾していた朝日は同時に、彼女が明らかに顔を赤く染めたことを暴露していたのである。

 あら。あらあらあら。麗人は心中で繰り返した。


「なんだ、加藤のやつ」

 妹尾がきょとんとしている。麻衣もその瞬間は見ていなかったらしく、何が起こったの、という表情になっていた。

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