75 後日談(承前)

「……だけどさあ」

 後日、定食屋での「慰労会」の席で、その話を聞いた一馬かずまは、生姜焼き定食を口に運ぶ手を止めて、首をひねっていた。

「学校で財布が盗難に遭ったってのが、あの男の仕業だったってことは、どうしてわかった?」

「特に根拠はないよ、当てずっぽう」

 麗人れいとが、刺身定食と格闘しながら軽く言ったので、一馬はとっさに意味を受け取りそこなってしまった。


「あ、当てずっぽうって……」

「だってさぁ、財布が盗まれたの、ほとんど2年1組だよ? あのおっさんが、エビらんの周辺を探ってカプセル捜そうと思ったら、まず1組の教室に行ってみようとするじゃない? カプセル見つからなくてむかっとして、ついでにその近くから財布いくつか持ち出すって、そう無理のある流れじゃないと思うケド? エビらんの部屋といい2年1組といい、ここまでかたよったところで立て続けに別の泥棒が現れるって、ちょっと不自然かな。同一人物が、エビらんか2年1組に、何らかの目的があって近づいたと考えるのが合理的じゃないかと」

「ちょい待て、そいつ、江平えびらのクラスとか出席番号とか、どうやって? チケットには書いてなかっただろう……」


 なーに言ってるだ、という表情に、麗人はなった。

「おっさん、エビらんの部屋に入ったのよ? エビらん、教科書とかノートに、きっちり書いてるよねぇ、クラスと出席番号と氏名。エビらんってそーゆー性格だし。本棚に入ってる教科書とかノート見れば一発よね。学校名は学祭のチケットに書いてあるし」


「……では私のロッカーものぞいたのか、あの男」

 江平はぞっと身震いして、唐揚げ定食の膳に箸を取り落としそうになった。


「いの一番にチェックしてると思うよ。でもたぶん、そこにカプセルはなかったのよね。さあこれで、どこを捜せばいいのかわからなくなった。だからあの男は、その周辺のロッカーもいくつかのぞいて、1組の教室の店にもたぶん入って、それとなくカプセルを捜してみたのよね。で、ついでに財布をいくつかポッケに入れちゃった、って流れだと思うのよ」

「だけど、生徒のロッカーって、あの、廊下にずらーっと並んでたやつだろう? あそこから財布くすねたって、廊下だって相当ごったがえしてたし、生徒も部外者もうろうろしてたろう? あの男が、仮装していたとも思えないし、明らかな部外者が生徒のロッカー漁ってたら、誰かには見られて、怪しまれそうなもんだけど」

「まあ確かにねえ」

 麗人は、首をひねるというより、軽く左右に振るような動きだった。


「廊下の人たちの注目が集まるような何かがあれば、その隙にいくつかのロッカーはささっとのぞけると思う。たとえば、仮装行列とかね」

「あっ……」

「教室棟はどうしても人が多いから、仮装行列はかなりゆっくり歩いて回ってたらしいからね。オレ午前中のは見られなかったけど、午後のは2年4組ウチの店からのぞいてた。ああこんなゆっくり進むんだなーって思ったもん」


「1組の教室企画って何だった? ああ、スプラッタ喫茶か」

 大盛の焼肉定食をようやくもぐもぐし終えて、黒川くろかわが会話に入ってきた。

「怪奇風喫茶だ。茶処ちゃどころ皿屋敷」

「なんだ、スプラッタ喫茶って」

「似たようなもんじゃねえか。要するに茶店さてんだな。てことは、生徒の机もそこそこ使ってたり、邪魔な机は隅の方にかためて置いたり、してたんだろ? うちもそうだったしな。うっかり机に財布入れっぱなしだったりすると、ラッキーというかアンラッキーというか、そういう結果になるわな。どうかするとロッカー探るよりも楽だろう。人目の絶対数が廊下より少ない。これが、机も全部取っ払われるような企画だったら、どうだったかわからんけど」


「しかしあの奥菜おきなとやら、警察に追われる身で、よくも堂々と、学祭に入り込もうなどと考えたものだ」

 江平はつぶやくと、箸を置いて、天井にため息を投げた。

 宝石強盗事件の直後、ひとり逃走を続ける奥菜の顔写真が一部のニュースで採りあげられていたが、そうまじまじと眺めて特徴を把握していたわけではなかったので、奥菜が離れ屋に踏み込んできた際に江平も、それが強盗犯とはとっさにわからなかったのだ。しかも無理な逃走生活を続けていた奥菜は、顔つきがずいぶんと変わってしまっていた。写真としばらく見比べてようやく、同一人物だとわかるレベルだろう。それでも目ざとい人なら、奥菜の顔を見て「強盗犯では?」と気がつくかもしれない。


「面くらいはつけてたかもしれねえぞ。うちの学祭なら、面つけて歩いても誰も怪しまねえ」

 ホッケーマスクを着用していた黒川が意見を述べる。

「ぬ」

「確かになあ」

 一馬も、にぎやかさを回想して、つくづくと同意した。あのノリは、うちの学校じゃ出せないな、と。彼は、学祭のチケットに「仮装大歓迎」と書いてあったことをよく覚えていた。


「あの男、ほかのところはうろついたりしなかったのかな」

「どーだろうね。カプセルを結局見つけられなかったのは確かだけどね。もっと捜し回りたいけど、2年1組の教室もロッカーもこれ以上調べようがないし、ほかにどこを捜せばいいのか見当もつかない、あんまりあちこちうろついて誰かの印象に残るのも避けたい、って心境だったろーからね。もうここまで来たら、エビらんに直接聞いた方が早いって考えて、撤収しちゃったとしてもおかしくはない。まさかそのまま、学校で適当な生徒つかまえて人質にして、カプセル捜して持ってこい、なんてやるのはリスクが大きすぎる。確実に警察に通報されるだろーから。……勝手な推測だけどね。このへんは警察が調べてくれるでしょ」

「ふん」


 江平の両親はやはり、離れ屋の監禁立てこもりに、まったく気づいていなかった。離れ屋の位置する駐車場で、祭りの準備のための作業が行われれば、まさか不審者がそうそう近づいて来ることはないだろうと思っていたのだ。もっと前、息子の登校直前に、すでに離れ屋に入り込まれていたとは、想像の外の出来事だった。


 奪い取られた宝石類は、イイジマ宝飾店によって、すべて無事が確認された。


 奥菜が持ち歩いていた拳銃は、本物だった。強盗仲間には、本物の拳銃は1丁しか用意できなかったと話し、自身がもう1丁隠し持っていたのだ。調べた結果、宝石強盗の現場でも、そしてそれ以降も、発砲はなかったと判明した。事件に巻き込まれた人々にとって、不幸中の幸いだったというべきだろうか。警察は、拳銃の入手経路の調査に入っている。


 そして、奥菜たちがなぜ宝石強盗を行ったのかという動機については、犯人たちの供述にまだ不明確な部分や、つじつまの合わない部分があるため、捜査は慎重に進められているという。奥菜が強盗仲間たちを信用していなかったらしいことは事実だが、その事情はまだ明らかにされていない。


 ともあれ、この事件について高校生が出る幕は、もう完全に終わったといえそうだった。

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