71 Happy Halloween !
3年生のバンド演奏は、熱狂の渦の中で始まった。ダンスパーティもいよいよ佳境だ。
2年生バンドの出番を終えた
「
「カッコよかったねー!」
「
ドが付きそうな高い高い声で、女子の集団が殺到してきて、
「やーやーやーやー、みんな声援ありがとう。楽しんで踊れた~?」
ナンパな吸血鬼はさすがにもの慣れた様子で、女の子たちににこやかに応じている。その後ろでさりげなく殺人鬼が、吸血鬼を上手に盾にしてさっさと離脱していくのを、狼男は確かに目撃した。
「こんにちは」
声をかけられて、ふと一馬は顔を上げてしまった。何人かの女子がにこにこしながらこっちを見ている。この時刻にこんにちははおかしいよなと、野暮としかいいようがないことが気になって、ちょっと自己嫌悪になる一馬だった。
「
「あ、俺?
きゃーっ、と謎の声が上がる。やっぱりそうよう、とも。
「二高の友だちに聞いたもん、岬井くん、学年総代だって!」
「ええ、二高の学年総代ってスゴくない?」
別の、もはや意味不明の嬌声が上がる。ええまあ、と一馬は歯切れ悪く肯定した。二高に友だちがいるというなら、すぐばれる嘘をついても仕方がない。
「一緒に踊って!」
「えっ、あの、おわ」
口ごもる暇もなく、ぐいっと手を引っ張られた。落武者はと見れば、何人かの女子に話しかけられて、壁際でたじたじになっており、むしろ自分の方が助けて欲しそうな雰囲気だ。吸血鬼の前には、一緒に踊りたがる女子が列をなして待っているという状態だし、殺人鬼はとっくに消えている。せっかく来たんだし、踊るくらいならいいかと、割り切ることにした狼男だった。
◯
誰も遠慮せず大騒ぎする中で、ごちゃつくアリーナを、
「
横合いから、なかば怒鳴るように声をかけた。そのくらい大声でないと聞こえないほど、騒がしいからだ。
捜している相手から逆に見つけ出されて、藤岡
「せの、っち……」
麻衣も、まごついていた。どうしよう。捜していたはずなのに、実際に顔を合わせてしまうと、何を言えばいいのかわからなくなってしまった。声にできないまま唇だけを動かしかける。
雅之は急いで深呼吸した。
「傷つけた自覚があんなら謝っとけや」
無造作に
当たり前のこと。とても単純なこと。傷つけた自覚があるなら……そうだ、オレは藤岡を傷つけたんだ。
声を、かけないと。藤岡を呼ばないと。ほれてんのか云々は、まあ、こっちに置いといて。
けど、単純と簡単は、違う。どうして違うんだろう。単純なことなのに、こんなに難しく思えるのは、どうしてだろう。
ていうか……木坂たちが、あんなムーディな曲、
……後夜祭の騒ぎの中で、雅之はようやく、勇気を振り絞った。
「ごめん!」
あまりにも潔く、雅之は頭を下げた。
「オレ、藤岡に、ヤな思いさせて……ごめん」
「あっ、えっ、あの」
麻衣の足がもつれそうになった。……先に言われちゃった。あたしの方こそ、ヘンなすね方しちゃって、
「けど、その……オレ、藤岡を、悲しませたいわけじゃなかったから……その、ええと、…………」
雅之はごじゃごじゃと言い淀んだ。……つまりその、もっと先に言うことがあっただろう。
「考えナシだった。藤岡、あんなにがんばってたのに、楽だろ、なんて言って」
「え?」
麻衣は大きな声で聞き返した。嫌味や意地悪ではなく、雅之の言葉がフェードアウトしていくのに加えて、周囲がうるさすぎるからだ。
そうしてふたりは、気まずいなあ、という顔のまま、気まずく黙ってしまった。雅之は麻衣の反応の意味を解読するのに手間取っていたし、麻衣は雅之から何を言われたのかわからなかったので。
ゼリーのように、ぷるぷるとふるえる沈黙が、たゆたう。
「ちょ…………場所、変えるか」
ふい、と雅之が、アリーナ出入り口の方へ無造作に指を向ける。
「あ……うん」
麻衣は、雅之に見えるように、大きくうなずいた。指の動きで、彼の意図は伝わったのだ。
――妹尾っち、……顔が、赤い……?
気づいたと同時に麻衣は、自分の顔が不自然に熱くなっていることをようやく自覚した。
ううん、これはきっと……アリーナの熱気と、木坂くんたちの、あの曲のせい。
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