70 Trick "and" Treat !

「それでは、仲間を紹介します! まず、ドラマーの落武者!」

「なんとぉ!」


 完全に不意をつかれた落武者は、マイクもいらないほどの低く野太い声でわめいてしまった。紹介はあるだろうとは思っていたが、まさかいきなり自分に来るとは思っていなかったのだ。サングラスをかけた黒川くろかわが、いつも通りの仏頂面のまま、麗人れいとから回されたマイクを差し出してくる。落武者は驚愕のあまり、考えていた内容が全部頭からすっ飛んでしまったのだが、仕方がない。覚悟を決めて立ち上がった。


「2年1組、江平えびら弓弦ゆづるです。本日は、全校生徒の皆様に多大なるご迷惑をおかけして、たいへんに申し訳なかった。これで罪滅ぼしになるかどうかは心もとないが、存分に楽しんでいただきたい」

「カタいカタいカタい~!」

「本心だ、いたしかたあるまい!」

 茶々を入れてきた吸血鬼に抗議して、落武者はさっさとマイクを、手近な殺人鬼もどきに突き出した。


「2年4組、黒川」

「……ちょっとちょっとちょっとぉ、それだけ~?」

 無造作にずいっと押し出されたマイクに、吸血鬼はマントを直しつつツッコミを入れた。黒川がマイクを一馬かずまでなく麗人に回したのは、立ち位置的に麗人の方が近かったからで、一馬に対して含むところがあるわけではない。


「いやぁ~、皆さんすみませんねぇ、ウチのやつら、こんなんばっかり。サービス精神足りなかったり、不愛想だったり、無粋だったり、女の子大好きだったり男前だったり、とっさに後夜祭の穴埋めができる機転と力量と美貌の持ち主だったり――」

「自画自賛をねじ込むな!」

「――んまぁ、カズちゃんたら、ちゃんとみんなに聞こえるように、マイクに近づいてからツッコミ入れるなんて律儀ねぇ」


 笑い声が起こって、一馬は頭をかかえた。――なんで俺はいつもこう、コイツにツッコんでしまうんだろう。俺はただの常識的な良識派なのに。


「というわけで、ギターは飛び入り参加、二高にこうから来てくれた狼男さんでーす! ……名乗りは自分でやってね」

「…………」


 狼男は、せいぜい視線をぐさぐさと突き刺してから(突き刺された方はそよ風ほどにも感じていなさそうだったが)、マイクを奪い取った。

「お邪魔させてもらってます、二高の、岬井みさきい一馬と申します。2年生です。去年は、この明洋めいよう高校とうちとで学祭のスケジュールが丸かぶりで、こちらの学祭を見せてもらったのは今回が初めてです。うちより盛り上がってて、楽しませてもらいました。お返しといってはなんですが、今日は後夜祭のお手伝いをさせていただきます!」

「カタいなあ」

「お前はヤワラカすぎだ!」

 良識派を自認しているだけあって、麗人にツッコむ反射速度が並大抵ではない。アリーナが失笑する。


「こんなね、オレ以外は芸人みたいな顔ぶれでやってますわ」

「手品師のお前が一番芸人だろう!」

「少なくともツッコミは上手よね、カズちゃん」

「放せ黒川! コイツいっぺん蹴り倒させろ!」

「ステージ終わるまで待て、気持ちがわからんとは言わん」


 本当に台本がないのだから、自然なやりとりでしかない。それでこれだけ笑いがとれるのだから、芸人寄りの奴らではあるのだろうなと、江平は沈黙の中で思った。あくまでも自分自身を除外して。この4人の共通項として「自分が1番常識的と思っているフシがある」ことが挙げられるだろうか。


「それじゃぁみんな、Trick "and" Treat 、お菓子をもらってもイタズラしちゃえ!」

 麗人の陽気な一声に、アリーナの歓声が突き上げられた。


 ツカミに成功し、あとはもう、誰も何の遠慮もしない。レトロなディスコ好きの麗人が「2曲目はコレがいい!」と主張していた、アース・ウインド・アンド・ファイアーの「Boogie Wonderland」を演奏することになったり。アドリブで黒川が「おい江平、これできるか?」と始めたのが、往年のコメディアンが踊っていたおヒゲのダンスのテーマで、さらにアドリブで麗人がバイオリンを重ねたり。「踊れる曲、できれば知っている人が多そうな曲、でいきましょ。後夜祭の主旨ってソレでしょ」という吸血鬼の言は、糸くずよりも軽かったが、本質を確実に縫いとめていたのだった。


「たとえ知らない曲であっても、踊れる曲ってのは、絶対条件よねぇ」


 実際、アリーナの生徒たちは大はしゃぎだ。ノリノリで踊っている子。踊るのは得意でないのか、それとも照れくさいのか、それでもリズムに乗って体をわずかに反応させている子。この際だからと意中の相手に声をかけて一緒に踊る子。仲間のふざけをげらげら笑いながら見物している子。フォークダンスのジェンカのように、縦一列に並んで、前の子の肩に両手を乗せ、ぴょんぴょんとジャンプして踊っているグループ。明らかに踊る気はなさそうなのに、それでも壁に寄りかかったまま、体育館から出て行こうとしない子。ステージの麗人たちに手を振ってくれる子もいる。


 不意にテンポが落ちた。しっとりとした「すべてをあなたに」に、生徒たちは驚いたようだ。彼女への気持ちをためらいながら織り込んだような、狼男のギターの旋律。その織り目を縫うように、引き上げていく吸血鬼のサックス。知らん顔をしながらさりげなく寄り添う、殺人鬼のベースと落武者のドラム。高校生たちはちょっともじもじしたが、それでも何人かが勇気を奮って、意中の異性を誘う。誘われた方も、なんとなく気持ちが通じ合ったのか、音楽の魔法なのか、それとも後夜祭の開放感なのか、たどたどしいながら一緒に踊り出す。満座の生徒たちから、高い歓声と指笛が重ねられる。

 再度テンポが一転して、これまた知名度の高い「サンバ・テンペラード」を締めに、持ち時間を20秒ばかりオーバーして5曲目を終えたとき、すっかりいい気分になっていた生徒たちから、歓声と奇声と拍手が集まった。指笛も聞こえる。

「ありがとー、みんなありがとー。じゃねー」


 爆発音が飛び出した。ステージ前面で瞬間的に吹きあげられた4本のスモークが、吸血鬼と殺人鬼と狼男と落武者とを、それぞれ隠した。流れ去ったとき、楽器を残して、4人はどうやってか、ステージから消え失せていた。手品師の面目躍如といった退場だった。

「すげえ!」

 どよめきと、新たな拍手とが、もういなくなった2年生4人に贈られた。



 それを聞きながら――。


「案外、簡単な仕組みなんだな、これって」

 ――「消失」でステージ上から退場した狼男は、舞台袖を歩きながら、まだ半信半疑のように見回している。本当に舞台袖なのかと確かめるように。その後から殺人鬼が無言のままついて来る。


「明日は筋肉痛になりそうだ」

 よれよれの烏帽子えぼしごしに頭をかいて、落武者はぼやいた。道理かもしれない。彼には、久しぶりにドラムを演奏したその前に、不自然な姿勢で長時間監禁されていたという体験もあるのだ。あれが今日のうちだったとは、もう信じられない。3日くらい前の出来事ではなかっただろうか。


「いい感じであっためておきました。後、よろしくお願いしますぅ」

 吸血鬼は、待機していた3年生のバンドたちに、にこやかにあいさつした。3年生たちの顔には、微妙にやりにくい、と大きく書かれていた。

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