69 即興も芸のうち

 わっ、と生徒たちがどよめく。


 構成は、キーボードの吸血鬼、ベースのホッケーマスクの殺人鬼、ギターの狼男、ドラムの落武者。曲は「スリラー」。ハロウィンをあてこんだ学祭の締めとして、安直ともいえる一方、これほどハマる曲もない。もちろん、後から出てくる3年生のバンドがあえて外した曲を選んだのだ。普段はこの中で一番慎重派で良識派を自認するギタリストが、「マイケル・ジャクソンならまかせろ!」と誰よりも前のめりだった。


 結成2時間弱とはとうてい思えない。それぞれに楽器の素養はあるとはいえ。一馬かずまは日ごろからギターを鳴らしているし、江平えびらは最近サボり気味とはいえ、ドラムのたしなみがある。麗人れいと黒川くろかわがそれぞれに複数の楽器が使いこなせることは、昨日のステージで実証済みだ。といっても、まともに合わせて演奏した経験はこの1時間少々のリハのみ、4人のうちひとりでも知らない曲は厳しい。選曲の幅は狭い。


「別に、凝った曲選ばなくてもいーじゃん、後夜祭よぉ? みんなが知ってそうでノれる曲がいいに決まってるって」

 後夜祭の意義を見失わなかった麗人が「スリラー」を提案したとき、こんな急造バンドで大丈夫だろうかとはらはらしていた一馬は、あっという間にテンションが180度変わったのを実感して、にやっと笑った。


「お前にしちゃ、悪くないセンスだ」


 ――なぜだろう。こんなにも憎たらしくて、軽薄で、いい加減な奴なのに、土壇場で俺はいつもこいつのひと言で、冷静になれたり、闘志が燃え上がったり、どんなに困難な事態でも切り抜ける勇気が出てきたり……。


 だが今はそんなことさえどうでもいい。レンタル衣装であった狼男のコスプレグッズを、今日は返却するつもりで持ってきたが、再び身につけた。ギターを弾くので前足のグローブは割愛したかわり、昨日は恥ずかしさが先に立ってつけられなかったシッポを、今はしっかりぶら下げて、誰よりも自分が熱を上げている。ギターとともに。短時間の猛練習でなんとかカンを取り戻した江平も、どうにかついてくる。


 バンドの熱はステージから、アリーナへ燃え移った。そもそもダンスパーティという触れこみだから、遠慮する生徒もほとんどいない。歓声を上げたり、手を叩いたりしながら、熱狂の渦の中で思い思いに踊り出す。有名なゾンビダンスを再現する生徒もいる。聴衆を盛り上げることができれば、バンドの勝ちだ。最後の音をかき鳴らした瞬間に、生徒たちの叫びは体育館の天井さえ揺るがした。


 定番というのは、マンネリかもしれないが、ある程度の安定した効果が見込めるからこそ定番になるのだ。急場で頼りになることは間違いない。定番バカにしちゃだめよね、と、手品師の卵は思い直すのだった。


「皆さーん、後夜祭楽しんでますかぁ!」

 マイクを取り上げ、吸血鬼がにこやかに呼びかけると、返答は大きく波打った。

「今夜の前半は、我々がお相手いたしまーす。事情を知ってる人も多いと思いますが、ついさっき結成したばかりのバンドでーす。ワタクシ発起人のぉ、容姿端麗、外見美麗、内面桃色、軽佻浮薄、変幻自在、高尚幽玄、好色一代、眉目秀麗、才色兼備、下心満載、千変万化、高速手腕、軟派上等、暴力反対、軟弱無比、――」

「いい加減にしろっ!」


 ギターをぶら下げたままの狼男が短気にも、吸血鬼のマイクで拾えるほどの大声でツッコミを入れたので、生徒たちはどっと笑った。ステージ後方で、ホッケーマスクを側頭部に引っかけた殺人鬼もどきは、ベースの弦を微調整しながら、ふんと小さく鼻を鳴らした。――しゃべりの内容は打ち合わせなくていいと麗人は言ってやがったが、確かにこのノリなら、いらんな。普通に会話しているだけで漫才だもんな。……どこまでも他人事の黒川であった。

「――オレ吸血鬼だから、女の子に噛みつくならわかるけど、なんで狼男に噛みつかれなきゃいけないんだろうねぇ。以下省略、2年4組の木坂きさか麗人でぇす」


 わーっ、とアリーナがうねる。木坂クーン、と女子生徒の声が上がる。

「やー、ありがとう、ありがとう。女子の声援は大歓迎」

「……盛り上げる手腕は見上げたものだがな」

 展開するドラムセットの中央で椅子に座り、江平はやれやれと小さく小さくつぶやいたのだが。

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