68 友だちじゃない(力強い主張)

 ――後夜祭という、学祭最後の大騒ぎを控え、体育館は大きなざわめきで飽和状態になっていた。放課後という扱いのため、日中の学祭の時程と違って、各自の参加は自由だ。開始時刻は夕方5時。体育祭が終了し、ホームルームを終え、預けていた貴重品が返却された後で、生徒たちは再び仮装を身に着けたり、思い思いに記念撮影をしたり、片付けを行っていると、あっという間に時は過ぎて、後夜祭に参加するならそろそろ体育館に行かなくちゃ、という頃合いになる。そうして体育館に集まったのは、全校生徒の8割くらいだろう。さらにその9割ほどが、文化祭と似たような仮装をしている。制服の生徒も、ごく少数いた。帰ってしまった生徒、学校にはいるが後夜祭には参加しない生徒も、存在するのである。

 アリーナでものを食べるのは禁止だ。壁際には、個性さまざまな水筒、マグボトル、ペットボトルなどが並んでいる。

 無人のステージには、バンド演奏の用意と音響設備がすでに鎮座し、出番を待ち受けていた。


「大丈夫かねえ」

 国民的ファンタジーRPGシリーズの主人公の仮装で、長谷川はせがわという男子はつぶやいた。2年4組の生徒たちは、ことに気が気でない。後夜祭のイベントに穴をあけてしまった責任者の渡辺わたなべも、「なんとかしましょーか」と能天気に言ってのけた木坂きさか麗人れいとも、このクラスなのだ。どうやら急造で組んだらしいバンドの彼らが、リハーサル時間をなんとか融通してもらったとしても、3年生のリハの時間は削れないだろう。


「あいつら、あんな急にバンド演奏なんかやることになっちゃって。記念撮影とかすっぽかして練習ったって、2時間もないだろ?」

「まあなあ」

 一条いちじょうも、ちらちらとステージを気にしながら同意した。作業着を着ているのは、一応仮装である。ゲーム実況番組で、レトロゲームをプレイする芸人を真似た恰好なのだ。

「2年があんまりブザマなことやると、3年にニラまれるからなあ。最後の学祭にドロ塗りやがってって」

「そりゃ、3年の一部だけだろ」

 町田まちだはあまり深刻にとらえてなさそうだ。彼はお祭りの法被はっぴを着ている。蛍光イエローと蛍光ピンクと、左右で色が違うのは、2枚重ねて着て、上になった方を片脱ぎしているからだ。

「一部だけど、声がデカイ一部なんだよ」

「まあ確かにね」

 ちょっと笑った城之内じょうのうちは、鬼退治アニメのコスプレだ。

「しかし、忙しいやつらだな。教室企画の店長やったり、ステージ出たり、なんだかの事件に巻き込まれたり、泥棒の疑いかけられたり、後夜祭の穴埋め引き受けたり」

 シーツをかぶって「ゴーストの仮装だ」と言い張る鹿川しかがわが、指を折りながら学祭を振り返る。

「泥棒の疑いは、忙しいの関係ないよ。てか、財布盗むような連中には思えんのよ、あいつら」

 シンリンこと森林もりばやしは、腕にはめた段ボールをずり上げながら弁護した。彼はアニメの、巨大戦闘ロボの仮装を段ボールで作っているのだ。

「けど、この後の演奏でさあ、木坂のやつが、歌いながら女子くどき始めたらどーするよ」

 山村やまむらは、ご長寿アニメに登場する黄色いネズミ型ロボット「ポケえもん」の仮装にそぐわない、俗な予測を立てた。周囲の男子らは、数秒凍り付いた後、額を寄せた。


「……やりそうで怖ぇな」

黒川くろかわが止めるだろ」

「止めるかな? あいつ、めんどくせえって放置しそうな気がする。楽器できるのはちょっとびっくりしたけどな」

 冷静な分析を挟んできた羽佐間はざまは、SFアニメ大作シリーズ「アルツリウスの惑星ほし」で主人公がまとう戦闘服という姿である。

「ああ、昨日のステージだろ。けっこうやるなって思った」

「けど、あいつもいるんだろ? 1組の江平えびら

「…………あいつなんか、和楽器ってイメージあんだけど」

「俺、あいつの歌、聞いたことある。すげえ音痴。ドン引きした。何の歌だったのか全然わからんのに、音ハズしまくってることだけはわかった」

「えええー…………」

「けど、楽器は普通にできるらしいって、1組のやつから聞いたことある」

「尺八とか?」

「……まさか」

「でも、あいつは? なんか、他校生いたじゃん。あいつも参加すんのかね」

「まあ……放課後扱いだし?」

「仲良さそうだったな」

「つまり……」

 3人の明洋めいよう高校の男子生徒の顔を思い浮かべ、彼らは期せずしてほぼ同時に重くつぶやいていた。


「……類は友を呼ぶ、ってやつだな……」


「他校生」はこうして、本人のあずかり知らないところで、変人の仲間入りをさせられてしまった。おそらく直接耳にしていたら、猛抗議をしたに違いなかったが、生憎その機会はなかった。


 不意に、周囲の生徒たちが、わっと声を上げた。ステージの照明が落ちていき、スモークが音もなく立ち込めてきたのだ。

 ……いよいよ始まるのか。


 しかし、ステージの下半分を覆ったあたりで、スモークの噴射は止み、ゆるゆると薄れていった。まだ視界をぼんやりとさせてはいるが、ステージは暗いままで――。

 なんだよ、と生徒たちが文句をのぼせるのに覆いかぶせるように、ステージ両サイドのスピーカーから、大音響が飛び出した。舞台に赤い照明が満ちる。いつの間に張られていたのか、ステージ前面の薄い幕がばさりと落ちたとき、すでに彼らは演奏を始めていた。「スリラー」のイントロだったのだ。


 アリーナの生徒たちが一斉に、叫び声を上げた。

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