66 江平に何が起こったか(3)


「で……ゆうべ俺たちが江平えびらの部屋で騒いで、俺たちが帰った後、早朝に江平の部屋に乗り込んできたってことは……奥菜おきなはすぐそばに隠れていたってこと、だよな……」

 改めて思い返して、一馬かずまが再び青ざめる。自分たちがのんきに騒いで飲み食いしていた様子を、あの男はいらいらと眺めていたのだろうか……。


「さぁねぇ。警察がエビらんの部屋を捜査しに来たときは、さすがにどこか離れたところに移動してたんじゃないかと思うけど。もし仮に、その後、夜の間に戻って来てたんだとしても、さすがに自分ひとりで男子高校生3人も4人も相手にするのは分が悪いと考えたでしょーね。けど、ゆうべオレらが帰ってからエビらんがひとりで寝てる間に襲撃してこなかったってことは、ゆうべおっさんはあの近所にはいなかったのかもしれない。ま、早朝には戻って来たことは間違いないね」

 麗人れいとの補足はあまり救いにならない。もう終わったことだが。


「で、オレたちの方は、カプセル見つけてくれっていうエビらんの電話を受けてから、学校でなんとか見つけたはいいけど、落としてしまって――」

「まだ言うか」

 一馬が吐き捨てるのを、麗人は無視した。

「――中に宝石が入っていることがわかったのよ。このあたりで宝石がらみっていったら、あの強盗事件よね。ということは、エビらんを捕まえているのは、逃げ延びた強盗犯って可能性が高い。しかも拳銃を扱ってた連中だったから、このヒトが持ってないって保証はナイ。これはさすがに危険だってことで、警察に事情を話して、それっぽい格好の私服の警察官の皆さんに、先に滴中てきちゅう寺に入って、待機しててもらったってワケ」


 それから3人は、江平の部屋へ向かうため、一旦男子寮へ行って、黒川がバイクを引っ張り出した。その間に麗人はスマホで、江平家の母屋おもやの固定電話を呼び出した。江平の母が出た。麗人はあえて名乗らず、住職さんをお願いします、と頼んだ。

「はい、お待ちください。……父さーん、電話……」

 そこで麗人は、心の中で非礼をびて、電話を切った。声の調子からして、江平の両親に異状はない。どうやら息子に何が起こっているかも知らない様子だ。あの離れ屋で完結している事件だと判断していいだろう。江平の両親への事情説明は、警察の人たちにまかせてしまうとしよう。黒川のバイクの後ろに麗人が乗り、一馬が自転車に乗る態勢で、3人は江平の離れ屋に向かった。途中、警察官が滴中寺に無事入ったと連絡がつき、麗人が江平に「今からそっちに行くよ」と電話をかけてから、黒川と一馬と急いで作戦を打ち合わせたのだ。


「したが、お前たち3人は、どうやって近づいてきたのだ。あの男、バイクに乗っていた黒川ひとりしか認識していなかったようだぞ」

「再現」

 麗人が言うと、黒川が立ち止まり、エンジンをかけないままバイクにまたがった。一馬は自転車のスタンドを下ろして自立させると、カゴからスケボーを取り出し、バイクのすぐ横に置いた。麗人と一馬が前後に並ぶようにして、スケボーの上に乗り、体をバイクの影に沈める体勢をとりつつ、両手でバイクの車体につかまる。

「なるほど。今まで木坂には数多くの奇術を見せてもらったが、私にとっては、今回が最高の奇術だ。間違いない」

 江平は心底感心した。かなり危険な体勢だが、住宅地の奥の細い道だから、さしてスピードを出さずに走行しても、怪しまれないだろう。離れ屋から見える道に差しかかる直前で、一馬が自転車を降り、バイクにひとりしか乗っていないと見せかけて裏側にふたりつかまってスケボーに乗る、という態勢で、接近したというわけだ。江平の部屋の窓からとらえられる光景や角度を熟知しているからこそできたことでもあった。決して真似をしていい体勢ではない。一馬の自転車は、手前の道端に、通行の邪魔にならないように置かせてもらっていた。


 3人が1台のバイクとスケボーで、寺と神社の駐車場にゆっくり進入していくと、ふたりのスーツ姿の警察官が、ガレージの裏に隠れるようにして待っていた。さらに、どこからか猫のフクが走り寄ってきた。停めたバイクのそばに座り、なーん、なーん、と小さく幾度も鳴き、準備を整えた麗人たちを先導するように、何度となく見返りながら、江平の離れ屋へ向かう。おそらく、江平を助けてほしいと訴えるつもりだったが、最初から麗人たちがそのつもりで来たことを察して、共闘する気になったのだろう。


 すぐさま作戦は実行にうつされた。麗人は電話を通じて奥菜に声を聞かれているため、江平との会話を担当し、黒川とふたりの警察官とともに、離れ屋のドアの左右に身を潜めた。一馬はおとりとして、滴中寺に入っていく姿を奥菜に目撃させたのである。バイクで来たのはひとりだけで、そのひとりは間違いなく寺の中へ入ってしまったのだと、誤認させるために。


 奥菜は、カプセルを受け取るために、絶対に隙を作る。つけ入る機会はそこしかない。こうして大立ち回りが繰り広げられたのだ。


「で、さっきちらっと見えちゃったんだけど……エビらん、アイツやっぱり、拳銃持ってたの?」

「持っていたどころか、最初に鼻先につきつけられたぞ。発砲はなかったゆえ、本物かどうかわからなかったが」

「コワぁ。本物かなあ。フクちゃんがいてくれなかったら、あのとき発砲されてたかもね」

 今になって麗人は体をふるわせた。おどけたしぐさで、どこまで本心かわからない。

「たぶん本物だろうな、あのぶんじゃ」

 黒川が冷静につぶやいて、しばらく全員が無言になった。


「……さて、安心したら腹も減ったし、くたびれたし、今から急いでも体育祭の趨勢すうせいも決まっているだろうし、エビらんはもう走るどころじゃないだろうし。コンビニで何か買って、ささっと食べてからガッコ行かない?」

「賛成!」

 一馬のテナーと、黒川のバリトンと、江平のバスが、綺麗にハーモニーを作った。誰ひとり、昼食どころではなかったのだ。胃袋は白旗を上げる寸前だった。

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