64 江平に何が起こったか(1)

 ……その数十分前のこと。



「あの奥菜おきな康弘やすひろっておっさんたちの宝石強盗が、そもそもな始まりだったわけよね」

 江平えびらの離れ屋から学校へ向かう途上、麗人れいとは並んで歩く江平に説明した。


 奥菜の逮捕そのままの流れで、警察の現場での事情聴取と検証が行われ、今さら知らん顔もできず麗人たちも協力し(これが前もって予測できたので、麗人も黒川くろかわもおかしなものは最初から持参しなかったのだ)、ようやく終わった頃には、体育祭はもう午後の部もだいぶ進んでいる時刻になっていた。今さら急ぐ理由はなくなったし、江平が乗り物を利用できない事情もあって、麗人たちは慌てようともせず、のこのこと徒歩で明洋めいよう高校に向かっていた。後ろから、バイクを押す黒川と、自転車を押す一馬かずまがついて来る。一馬はまだ江平のジャージを着たままで、自分の服と荷物を明洋高校に置きっぱなしだったため、結局彼も同行する必要があったのだ。


 江平がわの状況を聞いて、麗人はようやく、一連の流れをほぼ組み立てることができたのだった。


「逃げ道を確保していたけどトラブルでうまく逃げられなかったのか。仲間がつかまっちゃって、行き当たりばったりだったのか。エビらんの家の近くに山があることは知っていて、そこから逃げられるとタカをくくっていたのか。そのへんはオレにもわからないけど、奥菜のおっさんがあのへんの地理について、予備知識を仕入れそこなっていたのは事実だと思うのよ。あの道の行き止まりから山には入れないことがわかって、おっさん動揺したんじゃないかな」

 ふむふむと江平は聞いていた。事情は多少聞いていたとはいえ、彼にはまだ全貌がつかめていなかったのである。


「その上、盗んだ宝石を隠した例のカプセルを、落としてしまった。たぶんそれが、エビらんの部屋のそばだったんじゃないかな。気づくのが遅れたのかもしれない。パトカーがうろついていて、気づいたけど取りに戻れなかったのかもしれない……あの晩、家の近くにまでパトカー来てたって、エビらんさっき刑事さんに話してたよね? とにかくおっさんは、カプセルはエビらんの部屋にあるらしいと目星をつけた。それがいつ頃のことかはわからない。もしかすると、エビらんがあれを拾って部屋に持って入るところを目撃したかもしれないよね。たぶんおっさんは、なんとかあの山に入る道を見つけ出して、それからは山の中に潜伏してたんだと思う。そこしか隠れられるところ、ないものね。ただ、山に隠れる道を見つけたのは、カプセルを落とした後だった。山伝いに逃げることはできただろうけど、カプセルを落として、しかもどこにあるのかわかっているから、おっさんは執着しちゃったんだ。さっさと逃げた方がよかったのにね。でもこのまま身一つで逃げたら、強盗した苦労はなんだったんだ、ってことになっちゃう。逃げるタイミング見失っちゃったんだね」


「……うむう」

 手首をさすりながら江平は思い返した。縛られていたところがまだ気になるのだ。制服に着替えることも忘れて、作務衣に下駄ばきという姿で学校に向かっていることにようやく気付いたが、今さら仕方がない。


「あそこに隠れていたのか? この数日?」

 一馬はぞっとした。ゆうべ、江平の部屋で宴会をしていたときに、強盗犯が近くに潜んでいたと知っては、平静でいられるわけがない。

「ずっとあそこにいたかどうかはわからないよ。食糧調達する必要もあっただろうし。あそこへ戻ろうにも戻れないって状況が発生した可能性もあるし。おっさん自身がエビらんの部屋に泥棒に入った直後なんかは、絶対にあそこから離れていただろうしね」


「そういえばこの数日、うちの周りは夜まで騒がしかったぞ。蕪屋かぶらや神社の祭りの相談や準備で、人が出入りしたり、照明の試運転をしたり」

 思い出して、江平は大きくうなずいた。

「あらら、そーゆーことがあったんなら、それも影響してるかもね。まぁ、じりじりしながら、エビらんの部屋からあれを取り返す機会をうかがっていたんだと思うよ。で、ある日とうとうチャンスをつかんで、エビらんの部屋へ踏み込んだ。それが昨日の朝。泥棒に入ったときだね」

 さすがに不快な記憶を呼び起こされ、江平は無言のまま眉を動かした。


「ところが、捜しても見つからない。よく見たらこの部屋のあるじは高校生で、しかも学祭のチケットがある。この部屋にないとしたら、何かと間違えて、学祭に持って行ってしまった可能性はないか? そう思ったら、いてもたってもいられなくなったんじゃないかな。学祭の有象無象うぞうむぞうの中から発見するのは容易じゃないけど、万が一あのカプセルが壊れて中身が見られてしまったらエライことになるからね」

「それで学祭にも乗り込んできた、というわけか。ついでに生徒の財布も漁って」

「それでも見つからなかったから、業を煮やしてエビらんに直接聞くことにした、というワケよ」


「江平を観察していたら、あの神社とか寺の関係者だってことは予想がつくよな? それでも、実家の方を襲撃しなかったのはなんでだろう」

「神社仏閣は、近所の人も参拝客も、それなりに通うからね。ひとりで乗り込むのは難しいかも。でも最後はだいぶやぶれかぶれになってたみたいだからねー。エビらんの返答如何いかんによっては、ご家族も危なかったかもよ?」

 ……江平はぶるっと体をふるわせた。

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