5.後夜祭、そしてその後
最終日・後夜祭:日曜日
63 閉会式
「申し訳ない!」
彼の周囲には生徒たちが集まっていたが、とりわけ正面には、青チームの3年生たちがかたまっていた。というより、彼らが陣取っている前を、江平が選んだのである。
高校生活の最後となる行事のひとつを、アクシデントで思うように燃焼できなかった3年生たちは、怒りと困惑とが入り混じった表情を見合わせるばかりだった。
◯
日中ほぼ丸ごと、自室に監禁されていた江平は、仲間たちと警察によって救助され、その場で事情聴取を受けた。解放された後、4人の悪たれ高校生は学校へ向かったのだが、すでに
赤、青、黄の3チームは、2年生の選手がひとりずつ突然穴をあけてしまったことが、残された生徒たちの苛立ちの種となっていた。青の選手はまだ朝から欠席が伝えられてはいたが、赤と黄色はいきなりである。しかも青チームと黄色チームは、最後の最重要種目である対抗リレーの2年男子選手がいなくなってしまったのだ。2年生は穴埋めに追われ、3年生は「どういうことだ?」と、苛立ちと詰問を2年生に投げつける。2年生にもどうしようもなかった。誰も事情を知らないのだから。
そこへ当事者たちが、のこのこと帰ってきたのである。真っ先に、江平がグラウンドに両膝と両手をついて、頭を下げた。そして、警察に追われる宝石強盗によって拉致監禁されたこと、急を悟った友人たちに助けられたことを説明したのだった。残された生徒たちからすると、そんな馬鹿な、と言いたいところだが、何人かがスマホで速報を確認してどうやら本当らしいと判明した。閉会式も終わり、記念撮影が始まる段だったため、先生からスマホを取り返してきていた生徒もいたのである。生命がかかっていたとあっては、誰もそれ以上追及できない。
「それでも、競技に穴あけたってんで怒りが収まらないなら、オレにも責任はあるね」
「やめよ、お前たちは私を助けてくれたのだ、そんな必要はない」
「オレらに必要ないならエビらんにだって必要ないでしょーよん」
このやりとりを美辞麗句に変換すれば、美しいかばい合いの構図になり、観衆の涙を誘うことができるかもしれないが、この取り合わせじゃそんな悲壮感は生まれねえんだよなと、黒川は他人ごとのように思った。彼が黙っているのは、口を開けば「命がけだったんだからしょうがねえだろう、文句があんなら、どうすればよかったのか言ってみろや」などと、3年生に喧嘩を売ってしまう自覚があり、それをやったら頭を下げた江平と麗人のメンツが潰れることがわかっているからだ。そもそも麗人も黒川も、本来江平より先に、あの犯人を引きずって来て頭を下げさせるのがスジだろうと思っている。道理をわかっていても、それでも申し訳ないと全校生徒に詫びる江平の姿勢を、麗人も黒川も決して
一馬は、グラウンドを囲むフェンスのそばに下がって、離れたところから事態を眺めていた。すでに着替えて、元の衣服に戻っている。彼も生徒たちに言いたいことがあるとはいえ、他校生である自分が中途半端に口出ししてもややこしくなるだけだと判断したのだ。そのかわり、事情を知ってなお生徒たちが激高して江平たちをつるし上げるようであれば、駆けつけるつもりであった。たとえ自分は体育祭の運営に一切無関係な立場だとしても。
けどまあ、そんなことにはならないだろうな。――一馬の読みどおりだった。命の危険にさらされて、友人たちが体育祭を放り出して来てくれたからこそ助かった――そう説明されて、なお「お前のせいだ」と江平に詰め寄るようなわからず屋は、ほとんどいなさそうだった。くすぶりつつも、まあしょうがねえな、無事でよかった、ほぼこのふたつに、生徒たちの反応は集約された。
「おう、悪かったな」
黒川がそう言葉をかけたのは、自分の代わりに急きょ、黄色チーム2年男子から対抗リレーに出ることになった、5組の
「事情はわかったけど、ぎょっとしたぞ」
「すまねえ。今度学食でA定おごるわ」
「本当か?」
さすがは高校生男子、食べ物の話を出されて石川の目の色が変わった。石川とのやりとりで、こちらには
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