捕り物競争の部

57 出撃

 全4チームの応援席がちょっとした騒ぎになっている。


 3年生全員による学年競技、多足リレーが終了したところだ。次の次の競技である、全学年男子による騎馬戦の招集がかかった。生徒のおよそ半数が移動するのだから、それはやかましい。

 だが赤チームだけは、ざわめきの原因が別にあった。騎馬戦の前、今これからすぐ行われる選択競技の、後ろ向き徒競走に出場するはずの木坂きさか麗人れいとが、集合場所に姿を現さないというのだ。すでにアナウンスは数回にのぼっているが、気配すらない。もう代役を立てろというチームリーダーの命令で、赤チームの2年リーダーは血相を変えて、代役を募っている。3年生は怒る、2年生は困惑する、1年生はあきれる。もちろんプログラムの円滑な運営も迷惑をこうむっている。


 騒ぎを聞きつけた黄色チーム2年の野口のぐち泉美いずみは、急に不安になった。「木坂見なかった?」と聞いて回る赤チームの様子に、泉美は黒川くろかわを連想したのだ。彼女はチームもクラスも黒川と同じで、チーム選抜対抗リレーにも一緒に出ることになっている。少々不愛想でそっけない男子なのだが、泉美はよく黒川のことを目で追っていた。彼がアイアンレースに出ていたのは知っている。しかしその後姿を見かけない。応援席には戻って来ていないと思う。もう騎馬戦の招集もかかっているというのに。

 泉美は校舎を、教室棟の2階の窓を、見上げた。


     ◯


「……うげ」

 麗人に示されたスマホの画面を確認し、一馬かずまはうめいた。

「まあ、該当するモン、それしかねえわな」

 黒川はあきれたように肩をすくめる。


「けど、本当にこれなら……江平えびら、めちゃくちゃ危険じゃないか! まさかこんな……」

 ヤバイって、と一馬は口走った。そして内心で、情報が少なくあやふやな段階から江平の窮地を察した麗人の嗅覚に、ただただ舌を巻いていた。推測だろうと思いたいが、しかし……。

「まさか拳銃持ってないだろうな?」

「この記事だけだとなんとも言えないねえ」

「持ってる前提で動こう。たぶん相手はひとりだ。得物えものがナイフ程度で、江平がそう簡単に捕まるとは思えねえ。よっぽど不意をつかれたか、拳銃で脅されたかだろう。ニセモンかもしえねえけど、咄嗟とっさにシロウトには見分けつかねえだろうしな。本物と覚悟しておいた方がいい」

 黒川が淡々と指摘し、麗人もうなずいた。


「こりゃ確かに危険だね。今回は正直に警察に話した方がいいかもね。で――」

 麗人は、丸っこい瞳をくりっときらめかせ、黒川と一馬を見やった。


「――肝心のモノはここにある、ワケだよね。これともども全部、警察に託して、エビらんの保護も完全におまかせしちゃって、いいと思う人~?」

「そりゃもちろんそうだろ……え、ええっ?」

「そぉよねそぉよね~♪」

 挙手しかけた一馬は、反応しない黒川と、あからさまに自分の意見を無視して盛り上がる麗人に、愕然となった。


「そりゃやっぱり、エビらんの無事、見届けたいよね~。カプセル捜し出した労力だってかかってるんだし、オレらもかませてもらいましょ♪」

「~~~~~~~~っ!」

 一馬は頭を抱えた。なんでいつもこうなる。危険じゃないか。警察に知らせようという判断は殊勝だが、自分たちが一枚かむ必然性はまったくないだろうに。


「江平の命がかかってんだろうがよ!」

「だからこそよぉ。エビらんはオレに、カプセル持ってきてって言ったんだもの。つまり、ダーさん公認の交渉相手ってワケよ、オレは。警察だって、オレに協力あおぎたいんじゃないかなぁ~♪」

「…………お前なあ!」

 真剣なはずなのに、どんどんおちゃらけていく場に、新たな足音が踏み込んだ。


「木坂くん、……黒川くん」


 はっと3人の男子は振り返った。4組の女子、野口泉美だ。黄色いハチマキを首に引っかけている。チーム選抜対抗リレーでは、黒川とともに2年生代表選手として出場予定だ。


「みんな、捜してるよ。騎馬戦も近いんだし、外に戻ってきてよ」

 言いながら、泉美のまなざしは、3割が麗人、7割が黒川に注がれた後、一馬に出くわして、あれ、という種類に変化した。こんな人ウチの学校にいたっけ、とでもいうように。ヤバイ、と一馬は顔をそむけた。


「野口」

 黒川に話しかけられ、泉美の顔がはっと薄く染まった。が、黒川は彼女の横を通り過ぎながら、無情な言葉を投げかけた。

「おれと麗人、この後の競技全部抜けっから、代役出してもらってくれや」

「えっ…………ちょっと……!」


 黒川はもう振り向かず、教室を出て行こうとしていた。その後に麗人が「ゴメンね泉美ちゃん」とウインクして、大判のレモン色のハンカチでバレーボールのようなものを包みながら続く。3人目の男子も、泉美と目を合わさないように出て行く。


「黒川くん……そんな」


 呆然と立ちつくす泉美はすでに、廊下を走る3人の意識には残っていなかった。麗人と黒川に続いて走りながら、突然一馬は我にかえり、げげっ、と思わずにはいられなかった。――なんで俺、こいつらと一緒に行動する流れになってんだ? 俺はただ、さっきの女子に、他校生だと気づかれたらマズイってだけのことだったのに。ああでも、こいつらが江平のところへ行くってんなら、明洋めいようの体操服着た他校生の俺がひとりポツンと学校に残っててもしょうがないし、ていうか誰かに見とがめられて、昨日の校内財布泥棒の件と結びつけられでもしたら、話はますますややこしくなるばかりだし――ああクソっ。


「カズちゃん、エビらんが心配?」

 階段を駆け下りながら、見透かしたように、麗人がたずねてくる。

「そりゃな」

「なら、一緒に来る動機には、十分じゃない?」

「うるせえッ!」

 一馬がかみつくのを、麗人はくすくす笑って受け流す。その先を行く黒川が、踊り場の折り返しで、つき合ってらんねえ、という表情をしているのが見えた。



※※※

モデルガンは本来、一目でそう判断できるように、さまざまな規制がありますが、本作ではあえてそれを無視した設定としています。モデルガン・トイガンの違法改造はやめましょう。

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