55 灯台下暗し

「え、あれ、木坂きさかのだったの? ゴメン、事情知らなくて、ああいい大きさの芯材があったわ、って……」

 白チームの森林もりばやしは、黒川くろかわのスマホを耳に当て、きまり悪そうに話していた。



 2年4組の教室で、天井にミラーボールを発見し、ある可能性に思い至った麗人れいとは、アイアンレースでひとまずゴール(後で失格を食らう可能性はあるが)を果たした直後の黒川に電話をかけ、シンリンこと森林を捜してもらったのだ。


「一応さぁ、あれ見つけたときに、周りのやつに聞いたつもりだったんよ。これ誰の、ミラーボールの芯材にしていいか、って。でもそのとき返事したやつがいなかったから、つい、ね。文化祭やら体育祭やらのあれこれで、みんなわちゃわちゃしてたもんなあ。確認不足だったのは悪かったよ」

 森林は、目の前にいない相手にぺこぺこと恐縮している。

「いや、もちろん。ごめんな、本当に。あれ、けっこうでかくて、両面テープじゃうまく貼りつかなくて、天井のネジに針金で吊り下げてあるから、外すのちょっと大変だと思うけど。――いやホント悪かった。うん。ああ。……あ、俺の工具使っていいよ。ロッカーに入ってるから。……ああ、うん、ごめんな」


 かくして麗人は、製作者から直々に、ミラーボールを破壊する許可を得たというわけである。シンリンは通話をつなげたまま、スマホを黒川に返してきた。

「俺、もういいよな?」

「ああ、わざわざ悪かったな」


 黒川は、森林が応援席へ戻って行くのを見ながら、スマホを自分の耳に当てた。

はるかちゃん、あちこち悪いんだけど、すぐ教室に戻って来れる?』

 回線を通した声は、明らかに高揚を含んで、バイオリンというよりフィドルのように跳ね上がっている。おう、と応じながら、黒川は唇をほころばせた。こいつは、期待してよさそうだぞ、と。



 たいがいのクラスには、丸イスといおうかスツールといおうか、それがひとつふたつ備えてある。外部の人が授業を見学するとき、作業用、臨時のファイル置き場など、活用法はさまざまだ。

 黒川が2年4組の教室に踏み込んだとき、スツールは生徒が使う机の上に載せられ、その上に立った麗人が作業中だった。シンリンのロッカーから工具箱を拝借して(本人の許可を得たので)、ラップとアルミホイルを引き剝がすと、曲がった針金で十字に包まれた、白く丸いものがあらわになった。針金の先端は、天井にめり込んだネジに巻きつけられて固定されている。改めてむき出しになった芯材は、やはりちょうどいいサイズ感に思える。例のカプセルに間違いない。


 麗人はカプセルの下に左手を添えて落下にそなえつつ、右手のペンチを慎重に操った。一馬かずまが、麗人の足場になったスツールを両手でしっかりおさえながら、頭上の作業を見守っている。「支えてなくても大丈夫よ~」と当人は言っていたし、この男のバランス感覚が異常なレベルで優れていることも知っているが、「女好きの山猿も木から落ちる」とかいうことわざもあったような気もするし、うっかりが起こってからでは遅いし後味が悪い、という気持ちが一馬を慎重にさせたのだった。


「とれた」


 作るのは繊細で丁寧な作業が要求されるが、壊すときは短時間ですむというのは、万事万国共通だ。麗人は、カプセルをぽんと黒川に放ってよこすと、身軽に床へ飛び降りた。


「なんだこれ」

 黒川は、カプセルをしげしげと眺め、耳を近づけ、両手で軽く振ってみた。音はしない。何かが中で動いている気配もないから、何が入っているのか想像がつかない。完全な球状ではなく、若干潰れたような形状で、幅と高さには差があるようだ。表面はつるつるしたプラスチックである。真っ白ではなく、ごくわずかに黄色味を帯びた色合い。重さはバレーボールとさほど変わらない気もする。いや、多少重いだろうか。奇妙な感じがした。重さにまとまりがない。中に入っている物の重みが、カプセルの中で分散されているような。


「やっぱり、爆発するとか、危険物のたぐいじゃなさそうだけどな」

「なんだろーね」

 麗人も横からのぞいてくる。一馬もスツールを元に戻して、加わった。黒川から受け取ったカプセルを、麗人はしばらくあちこち観察し、軽く振ってみる。順番に渡された一馬も、似たような感触を確かめた。自然と、タテ方向に潰れている向きに持ってしまう。


 ――ああ、さっき見た木魚とだいたい同じくらいの大きさだな。風呂敷に包んであったら、そりゃぱっと見に、わかんねえかも。


「だけど、木坂麗人、よく気づいたな」

「たまには考え込むことも必要だねえ。天井を見上げたのはホントに偶然なんだ。頭上って案外気が回らないモノなんだね。……コレ、手品のタネに応用できるかな」


「ああ……この重さは、ガムテープとかで貼り付けてぶら下げるには、ちょっと重いかもな。なるほど」

 一馬はもう一度、重さを確かめるように軽く振った。天井から針金で包むように固定されたカプセルを見たときは、カプセルがなくてもミラーボール作れたんじゃないかという気がしたものだが、まあ結果論というやつだろう。これを作った生徒も、両面テープでうまく固定できないことに困惑して、とっさにいろいろ知恵を絞った結果、こうなったのだろうから。


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