47 高難度の借り物競争

 体育館は、3階建ての渡り廊下によって、校舎の教室棟につながっている。渡り廊下といっても、屋根はもちろん壁も窓もあり、外気にさらされることなく行き来できる構造だ。


 体育館1階は武道場で、渡り廊下を通じて教室棟1階の1年6組の教室のそばにつながっており、もちろん外へも直接通じる出入口がある。このフロアは、体育の授業で柔道などが行われる際に使用されるほか、武道系のクラブも使っており、彼らの部室もここにある。


 アリーナは2階の高さだ。渡り廊下から2年6組の教室の近くに出られるほか、大きな外階段もあり、屋外から直接アリーナに入ることもできる。中の構造はオーソドックスな体育館だ。前方にステージ。その左右にそれぞれ、舞台袖に通じる引き戸。ステージの下には、大量のパイプ椅子や床に敷く薄いシートを収めた、引き出し式の収納庫。収納庫の奥は通路になっており、上手かみて下手しもての舞台袖を結んでいて、ステージやアリーナに出ることなく行き来することができる。アリーナ両サイドの壁には、金属の格子に覆われた小さな窓が数カ所。後方に、男女の更衣室、お手洗い、体育倉庫、主に教師が使う体育準備室、渡り廊下や外階段へ向かう出入口。


 アリーナ後部の上方に、50席と少ないながら観覧席が設けられ、行事の際に吹奏楽部が校歌などを演奏するためのスペースもある。そこからステージと反対方角に進むと、階下と行き来できる階段。それを横目に見ながら、ドアから渡り廊下の3階を経由して教室棟の3階、3年6組の教室付近へ行くことができる。なお、教室棟に入ってすぐの地点にも、別の階段がある。

 観覧席のスペースからステージの方角を見ると、アリーナ左右の壁にそって、キャットウォークが伸びている。この高さには大きな窓が並んで、アリーナに光を取り込んでいる。ステージ上手と下手それぞれ上方にドアがひとつずつあって、キャットウォークはどちらもこのドアの前で終わっている。上手がわのドアの中は音響調整室で、放送部の第二のナワバリである。無論、学祭期間中はフル稼働であろう。音響調整室の中に階段があり、ここから上手の舞台袖に直接下りることができる。下手がわのドアの内側も似たような部屋があると推測できるが、中を知っている者は誰もいない。以前麗人れいとは、放送部の女子と雑談しているときにふと、この部屋について聞いてみたことがあるのだが、下手上部のドアについては放送部も知らないらしい。もしかすると教師たちも、ほとんど知らないかもしれない。開かずの扉状態というわけだ。


 とはいえ、体育館の構造に、どの高校もそう大きな違いはない。一馬かずまも以前、バスケ部の練習試合で助っ人を頼まれてここに来たことがあり――あの試合は麗人たちも助っ人に呼ばれていて、思い出したくもないさんざんな試合になってしまった――驚く要素は特にない。


 昨日までアリーナの床には、薄いシートが敷き詰められ、パイプ椅子がずらっと並んでいたが、今はきれいに取り払われている。夕方の後夜祭のためだろうな、と黒川くろかわが言う。どうやら後夜祭はダンスパーティーらしく、それなら椅子もシートも邪魔だろう。アリーナから見たところ、ステージ上には何もなく、最低限の片付けはされているように見えた。しかし。


「うわあ、なんだこれ」

 アリーナから上手側のドアを開けて、舞台袖に踏み込んで、一馬は思わず魂の声を上げた。片付いているどころではない。後夜祭に使われるバンド用の楽器一式や音響装置はまだしも、演台、大太鼓、文化祭のステージで使用されたらしい書き割りの背景や大道具小道具、ガムテープやら筆記用具やらドライバーやら、スケッチブック、衣装、雑に束ねられた配線、もう無茶苦茶だ。片づけたというより、とりあえず押し込んだとしか判断できない。片付けの手が回らなかったのだろうが……。一馬はステージを走り抜けて下手側ものぞいてみたが、似たような光景だった。


「なんで片づけてないんだよ?」

「体育祭と後夜祭の間で記念撮影することが多いんだよ」

「なるほど……ええと……何だっけ? バレーボール並みのカプセル?」

「おうよ」

「上手と下手で手分けするか?」

「いや、ふたりがかりで順番に潰した方がいい。分かれてひとりずつだと見落としそうだし、この散らかりっぷりでひとりじゃ発狂するかもしれん。ふたりいりゃ雑談もできるしな」


 ――やれやれ、岬井みさきいが来てくれて助かったぜ。麗人にはああ言ったが、こりゃおれひとりでは手に余ったな。黒川は小さく吐息をついた。



 遠くからの喧騒に、たびたびピストルの音が混じるようになった。最初の、1年生の全体種目である徒競走が始まったらしい。一度に4人ずつ、全員が順番に走るわけだから、それなりの時間がかかるはずだ。黒川と一馬は手分けして、上手の舞台袖をひっかき回しながら、カプセルを捜した。バンドの楽器一式、音響関係、演劇の背景、大道具、小道具、衣装が置きっぱなしなのはともかく、空のペットボトルやら弁当箱やら、ハンドタオル、何かの鍵、工具、制服のカーディガン、三脚とデジカメなどまでが置かれているのはどうなんだと思う。


「バレーボール大……バレーボール大……」

 一馬はときおり胸の前で、バレーボールってこのくらいだったよなと、両手で大きさを作って確かめ直す。これだけの隙間があればもぐりこんでしまう、というほど小さいものではない。明らかに入らないところを捜しても仕方がないのだ。しらみ潰しにする必要性も時間もない。


 背景や大道具は置きっぱなしのことが多いが、小道具は持ち帰ったところとそうでないところがあるらしい。上の音響調整室内部につながる階段のそばに、いくつかの小道具の箱が雑多に並んでいる。2年1組とおぼしき小道具の箱も、ここに置かれたままだった。古びた木魚が入っている。


「これ、江平えびらのじゃないか? ……なるほど、だいたいこのくらいの大きさだな」

 一馬は手に取ってみて、サイズを両手にしっかり記憶させ、箱に戻した。


 しかし、ここではカプセルとおぼしき物は見つけられなかった。

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