4.最終日・体育祭:日曜日
借り物競争の部
40 決戦は日曜日
「んん~……ん」
二段ベッドの上段で座った姿勢のまま、両腕と上半身を伸ばして、
向かいの二段ベッドの下段からとっくに抜け出して、
「おいっす」
「おう」
簡略化してはいても、あいさつはさぼらず、ちゃんと交わす。麗人は梯子を伝って、床に降り、着替えにかかった。
男子寮二人部屋での、日常とはほんの少しだけ違う光景だ。今日は、
ふたりとも同じクラスとはいえ、麗人は赤、黒川は黄色と、チーム分けは異なる。だからといって対抗心を燃やしあうでもなく、あからさまに手を抜いて適当にすませるつもりもなく、自分が出場することになった種目はきっちりがんばろうかな、という心境だ。
2年生全員参加の大玉転がし、男子全員参加の騎馬戦のほか、麗人は後ろ向き徒競走と綱引き、黒川はアイアンレースとチーム選抜対抗リレーに出場することになっている。楽しく過ごせればいいよねと麗人が能天気に思っている一方で、黒川は長距離走も短距離走も速く、その中でも両極端な種目の両方に出場する立場もなかなかしんどいはずだ。もっとも黒川に言わせると「どうせ短距離は
「ただ、あいつの走りっぷりには、どうも慣れねえけどな。笑っちまう」
「同感」
黒川と麗人が小さく吹き出したとき、時刻にはどうにもそぐわない「タブー」の音楽が流れた。往年のコメディアンが、ストリップのコントでBGMに使用していた曲である。あ、と麗人が小さく声を上げて、スマホを取り上げた。その着信音はどうにかならんかと黒川は言いたいのだが、麗人が会話を始めたので自重した。
「あーら、エビらん、おっはよー。どうし…………え?」
麗人は軽く眉を寄せた。
「欠席って……休むの? 今日?」
黒川が動きを止めて、麗人を見た。麗人は軽く首をかしげると、さりげなく左手の親指を動かして、スピーカーに切り替え、話しかけた。
「だって今日、体育祭だよ?」
『うむ……すまぬ』
スマホから江平の声が流れ出てくる。口ぶりは、体調が悪そうといえば悪そうな、どこか歯切れの悪い言い方だった。
『あれから今朝調子に乗って、
「蕎麦の食べ過ぎぃ? だって、エビら……」
『そうだ、蕎麦はいかんな、つい食べ過ぎる』
江平が繰り返す。麗人の言葉にかぶせるように、強く。
黒川が何か言いたそうに身じろぎしたが、麗人が右手を口に添えて「しー」の合図をしたので、引き下がる。
「蕎麦、かぁ」
『うむ、そうだ』
「……大食いだからって、すーぐ調子に乗るんだからぁ」
『ああ、その通りだ』
「わかった、言っとく」
『すまぬ。ああ、それとな、ひとつ頼まれてくれぬか』
電話の声がわずかに変化した。
「なに?」
『捜し物を頼みたいのだ。文化祭前日の朝に、1組のステージで使う小道具をいくつか家から持参したのだが、どうも間違えて持って行ってしまったものがある。それが重要な、近所の人からの預かりものだったらしくてな。両親と近所の人が青ざめているのだ。急いで探して、すぐにでも持ってきてもらいたい』
「はいはい……で、何を?」
わずかな間があった。
『カプセルだ。といっても、直径20センチくらいある。だいたいバレーボールと同じくらいであろうか。白っぽいプラスチック製で、私は山吹色の風呂敷に包んで持って行ったので、包んだままかもしれんが、出されたかもしれぬ、そこはわからぬ。てっきり木魚だと思って持って行ったが、1組のステージの道具係の
「中身何なの?」
『中身までは私も両親も知らぬが、とにかく重要なものらしい。専用の器具がないと開けられぬそうだ。少々……急いでおってな。遅くとも今日中に……日没までには回収したいのだが』
「なーるほどね。オッケー、わかった。とりあえずその、野島とやらに聞いてみましょ」
『うむ、それでな……このこと、あまり他人に明かさないでもらいたい。いや、聞かなければわからぬ相手には仕方がないが。なるべく人に知られたくないのだ』
「……ふーん。なんか事情が込み入ってそうね。とりあえず了解」
『すまぬが、頼む。可能な限り早くな』
「あ、ちょっとエビらん?」
『ぬ、何だ』
麗人は微妙に唇を歪めて、言った。
「なるべく急いで行くからね。気をつけて、お大事に」
『……うむ、頼むぞ』
終話して、5秒間ほどの沈黙が流れる。麗人の顔色が微妙に変化していた。
「なにが蕎麦の食い過ぎだ。あいつ、蕎麦アレルギーじゃねえか」
声をやや低め、黒川がそんな言い方で麗人に説明を求めた。去年の閉寮期間、年越しを江平の離れで過ごし、「蕎麦は駄目なのだ、うどんで勘弁してくれ」と言われた立場として、よく覚えている。
「……明らかに嘘だね。エビらん、なんでそんなおかしな嘘をついたんだろう」
違和感が拭えない。蕎麦を食べすぎたという、見え透いた嘘。奇妙な捜し物の依頼。ただならぬ口調。
麗人は上体を起こした。何かが引っかかる。トラブル経験の多すぎるふたりの高校生は、何かのシグナルが脳裏に点滅するのを感じ取っていた。
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