15 魂の代価
学祭期間中は、学食と購買は休業である。正確には、初日(金曜日)から最終日(日曜日)、そして代休となる翌月曜日だ。名残惜しい、というほどのことはないだろうが、学祭直前、最後の営業日となるこの木曜日、生徒たちは昼休みもあわただしく、昼食をかきこんだ。弁当持参の生徒もいるし、教師や職員相手の弁当業者に注文した者もいる。購買の隣の小部屋には自動販売機が並んでおり、中にはパンやカップ麺の自販機もあって、そちらを利用する生徒もいる。最寄りのコンビニで買い込んできた者もいた。
ありがたくも悲しくも、すこんと秋晴れの空は午後になっても
「オレ、こーゆースタミナ、ホントないのよねー」
赤チームの
「見りゃわかる」
「どういうスタミナならあるんだよー」
同じ赤チームの2年生男子何人かが、げらげら笑う。
体育祭の競技は、大きく分けると、全体種目と選択種目がある。
全体種目は、条件に合致する生徒全員が必ず出場しなければならない。たとえば、学年種目。1年生は徒競走、2年生は大玉転がし、3年生は多足リレーである。このほか、男子が騎馬戦、女子が追いかけ玉入れと、学年ではなく性別で出場が決められているものもある。
選択種目は複数あり、それぞれに、1年生男子女子、2年生男子女子、3年生男子女子、の出場枠がある。何人ずつになるのかは、種目ごとに決められている。そしてどの生徒も、それらの中から、各自最低2種目は出場しなくてはならない。このため、チームごとに分かれて話し合い、出場選手を決定する必要がある。
つまり、種目によっては、学年をまたぐ練習が必要になるのだ。スプーンリレー、騎馬戦、チーム選抜対抗リレーのバトンパスなど。あとはチームごとの応援練習。体育祭の「チームごとの準備時間」は、こうした練習にあてられる。
赤チームは現在、3年生の「1年生は応援の声出しが未熟だから」という見解により、1年生への特訓が行われていた。放置された2年生は仕方なく、学年種目の大玉転がしの練習をしているというわけだった。これしかやることがないからだ。監督する目上がいないのをいいことに、ペースはだらけていた。校舎の向こうから何やらわやわやと聞こえてくるが、「声が小さい!」の方がハッキリ聞こえるというのは、さすがといおうか。あれが赤チームだなとはっきりわかった。ほかのチームはといえば、グラウンドの向こうがわでスプーンリレーの練習をしているところがある。手前側でうろついているのは、どこのチームだろうか。
「おい、対抗リレー、2年男子どこ行った!?」
「今、アイアンレースのコースの下見に参加してます」
「ああっ、そうだった! なんでアイアンレースとかけもちするかな!?」
いら立たしげな、3年生とおぼしきわめき声が上がる。黄色チームだなと麗人は思った。根拠はある。
チーム選抜対抗リレーは、最後に行われる花形種目で、配点も高い。バラエティ要素一切なし、純然たるリレー勝負だ。各チームとも、6名の精鋭を選りすぐって送り込む。走者の順も、1年生女子、1年生男子、2年生女子、2年生男子、3年生女子、アンカーの3年生男子、と決められていた。
アイアンレースも高配点の種目で、唯一の長距離走だ。各学年の男女1名ずつが出場し、男子は約五千メートル、女子は約三千メートルを走る。スタートしてまずトラックを1周した後、校門を出て、敷地外に設定されたコースをたどるのだ。無論、男子と女子ではコースが異なってくる。その間にグラウンドでは、次の種目であるスプーンリレーがトラックをふさがないように行われ、これが終わったあたりで、アイアンレースの選手たちが戻って来て、もう1周トラックを走ってゴールとなる。先に女子が出発して、トラックを回って校門を出る頃に、男子がスタートする。グラウンドに戻ってくるのがだいたい同じタイミングになるよう調整するためだ。なかなかにハードなので、アイアンレースに出場する選手は例外的に、選択種目はこれひとつだけでもよいことになっていた。そしてアイアンレースの選手たちはたいがいそうして、よほど人数が足りないという事情にならない限り、選択種目はそのひとつだけで免除してもらっていた。
しかし今年、唯一の長距離走であるアイアンレースと、短距離走の極北ともいえるチーム選抜対抗リレーと、両方をかけもちする生徒がひとりいる。その姓名を
自然の摂理として、長距離走と短距離走の両方が速くて得意、という人はあまりいない。好き嫌いは別として、こちらの方が成績のよいタイムで走れる、という向き不向きが、だいたいあるものだ(どちらも不得手という人も珍しくないが)。黒川がどちらもそつなくこなせる存在として重宝されたのかもしれないが、だからといって、この取り合わせはなかろうというものだ。人数的な問題でアイアンレースの選手がほかの種目とかけもち出場した例はままあるとはいえ、よりによってチーム選抜対抗リレーとの取り合わせは、極端がすぎる。
チームごとに、出場選手を決めるミーティングが行われた場で、3年生の面前にもかかわらず、黒川は「はぁ?」という巨大な声を発したものである。感情的には当然とはいえ。「こんなかけもちはねえだろ」と文句ぶうぶうの黒川と、なんとかなだめすかそうとする3年生男子と、どうにもできずおろおろするその他大勢で、黄色チームのミーティングは大荒れとなった。
一部の3年生男子は、「口のきき方」を知らない黒川が気に入らないとして、そのあたりを責め立てる者もいた。
「おい、上級生には敬語を使え」
3年生は、黒川の前に立ちふさがって威圧感を与えようとしたのだろう。確かに身長ではその3年生の方が高かった。が、黒川にそんな脅しは通用しない。
「敬語なんてものは敬うべき相手に使うもんだ、こんな理不尽な奴らに使ったら、おれの敬語が減る」
恐れ入る気色もなく、むしろ面倒くさそうな態度で、ばっさりと放たれた、非常に失礼な黒川の返答に、座には緊張が走った。
「んだとゴルァ?」
「やんのか? 売るんなら買うぜ」
と、昭和か平成初期のヤンキー漫画のようなやりとりに、ほかの3年生男子が必死で割り込んで引き離す。最終的に、黄色チームリーダーをつとめる3年生男子が放ったのは、あんまりな交換条件であった。
「頼む黒川、両方に出てくれ。今度、定食屋で焼肉定食をおごるから」
……いや、それはないだろうリーダー。
「っちッ、しょうがねえな」
ギャグアニメだってもう少し間をおくだろうにという早さで、黒川はあっさり魂を売り渡し、全員がすっこけたというのは、黄色チームの者しか知らない逸話であった。
当然、赤チームの麗人もそこまでは知らなかったのだが、選手決めの席で決まったんなら3年生だって承知しているはずだろうに、「なんでかけもちするかな」って文句は違うよねえ、と麗人は苦笑するのだった。
そんなことをやっている間に、校門から入って来た、ジャージ姿の一団がいる。アイアンレースのコースを歩いてたどってきた出場選手たちだ。黒川もいたので容易にわかった。審判や監視を担当する体育委員もいるので、30人ばかりの数だった。彼らが解散したと思ったら、いつの間にか赤チームの3年生と1年生が戻って来た。
「女子は解散。男子はこれから騎馬戦の練習をします」
「…………はいっ」
「返事小さい!」
「はいっ!」
赤チームの男子は、「チクショー」の念を返事にこめた。まったくねえ、と麗人は思う。得意なスポーツが極端に
肉体構造が違うんだから、男女で種目を分けるのは別にいいとは思うんだけど、性別を条件にして出場を強制するのはそろそろやめてもいいんじゃないかなあ――と思うのだが、今この場で発言しても種目が変わることはないだろう。しばらくげんなりするしかなさそうだった。
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