16 それは運命ではなく
「
「ぬ? うむ、そうだが?」
かかとを革靴に埋め込みながら、江平は
「やっぱしな。これで肩の荷が下りたってもんだ」
「そりゃ、エビらんの脚力ならねぇ」
麗人がやや苦笑ぎみにうなずく。
「なんだ、私と勝負でもしようという腹積もりか」
革靴を履き終わって、背中のリュックを揺すり上げつつ立ち上がった江平は、本当に背が高い。
「いんや、お前には勝てねえとわかってるから気が楽だってこと」
黒川はためらいもなく敗北宣言をする。
江平はこの図体でかなり速い。2年生で最速のグループに入るだろう(黒川も入ると言われているが)。ただし江平のフォームはかなり独特である。両手を指先まで開き、がにまた気味に膝を上げて、「ふぬおおおおお」と気合を発しながら駆ける。速いことは速いのだが、その様子には周囲の人々が笑ってしまったり、闘争心を冷却されてしまったり、という副作用がともなう。自身が速いだけでなく、対抗者の集中力が崩壊してしまうのだ。江平本人はふざけているわけではなく、むしろ真剣そのものなのだが、この副作用はむしろ真剣だからこそ生じるものなのだろうか、それとも別の要素がもたらすものだろうか。さらにおそろしいことには、江平本人
ちなみに、黒川もかなり変わった脚力の持ち主である。百メートル走と、同距離ハードル走では、なぜかハードル走の方が速いタイムが出る、という変人なのだ。体育教師も同級生も驚き、本人も「なんでだ」と首をひねっているのだが、何度計測しなおしても、やはりハードルの方が速い。あるピンポイントな意味で逸材である、
どこかでおやつ食べて帰るか、という話も出たが、今回は江平は断って、自宅へ直行することにした。体育祭の練習もみっちりあったので、疲れてしまったのだ。盛り沢山な一日だったが、大きなアクシデントもなく、まずまず順調だろうと江平は思っている。いよいよ明日から学祭本番だ。朝型人間の江平としては、今夜は早めに休むくらいのつもりでいた。
今日の帰路は昨日より少し早い時刻だが、日が沈んでしまった後の暗さはそう変わりない。強いて言えば、まだ交通量が多く、車のライトがひっきりなしに通過する、というところだろうか。大通りから細い道に入っても、やはり車の数は、昨日の帰宅時より多少多く、自転車も何台か江平を追い越して行った。
蕪屋神社のお祭りは、かつては日付が決められていたらしいが、近頃では神社と
なーん、とどこかから聞こえて来て、暗闇の中からフクがてこてこ歩いてきた。江平の足元で、なーん、ともう一声鳴く。
「そうか、お前も今夜は、うるさくてあっちにはいられぬか」
江平はしゃがんで、フクの頭を撫でてやった。なーん、と応じて、フクはころんと転がる。もっと撫でれ、というように。江平はしばらくフクの要望に応えてやっていたが、そうだ腹が減っていたのだったと思い起こし、立ち上がった。
「せっかくだ、私の部屋の周りをパトロールしてやってくれ」
と要望して、起き上がり、離れ屋の鍵を開けて中に入った。姿勢を起こしたフクが、なーん、と返事した。ドアを閉め明かりをつけたとき、ふと江平は、そういえば今日は検問をやっていなかったなと思い至った。宝石強盗がいまだつかまらず、捜査範囲が拡大されたと知ったのは、翌朝の朝刊でのことだった。
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