12 美男も美女も大忙し

 渡辺わたなべ統吾とうごは、他人からは意味不明の自分爆上げ発言を繰り返して、またどこかへ行ってしまった。アイツ何しに来たんだと、しらけた空気が音もなく4組を旋回していたとき、サッカー部に顔を出していた浪原なみはら貴教たかのりが、2年4組に戻ってきた。ただでさえ、クラスごとの文化祭の準備と体育祭の練習で忙しいのに、クラブでも文化祭に参加する生徒はもっとたいへんである。サッカー部をはじめいくつかの運動系クラブは、部費を稼ぐために屋台を出すのが通例だった。


 木坂きさか麗人れいとが2年4組を代表する軟派なイケメンだとするなら、双璧をなす硬派のイケメンは浪原であろう。身長は麗人より少しばかり低いが、きっちりと短く刈り揃えた頭、くっきりとした眉と目鼻立ち、物怖じしない視線、堂々とした姿勢が、学年問わず女子にきゃーきゃーと騒がれていた。だが浪原自身は6組のある女子と付き合っていて、ほかの女子は適当にあしらっているといったところだ。もちろん、もてるからといって麗人と特段張り合っているわけではなく、同級生として普通に関わっている。


「あ、浪原ちょっといい?」

 麗人はスマホを取り出しながら立ち上がった。

「写真撮らせてよ。今週のナンバーワンって触れ込みで、このへんに貼るから」

「ナンバーワンって」

 浪原はおかしそうに顔をゆがめた。

「なんか、それっぽい服に着替えろってこと?」

「いんや、服とかメイクはいいよ。普通に写真撮って、アプリでごりごりに盛るから」

「ああ、そういう方式ね。……顔くらい洗ってくっかな」

 ちょっと失礼、と浪原は、洗面所へのそのそ歩いて行った。


「お待たせ」

「あらら、顔拭いた?」

「拭いたよ。当たり前だろう、写真撮るんだから」

「もったいないなあ。水もしたたるいい男じゃなくてよかったのぉ?」

「意味がワカラン」

 困惑気味の浪原を、背景が入らないよう壁際に立たせてスマホで撮影する。


「オッケー、ありがと。アプリでゴツ盛りしたら、確認してくれる?」

「怖いような気がするけどな。まあいいや、頼むぜ」

 浪原は苦笑しながら、教室企画のほかの生徒たちに合流して、しゃべりながら手順の確認を始めた。「これどうしよう?」「げー」などのやりとりを聞き流しながら、麗人は鼻歌まじりにアプリで写真の加工に着手する。指先でスマホの画面をいじること数分。


「こんなん、どーお?」

 2日目店長は会心の笑みで、浪原にスマホを見せた。


「…………盛りすぎじゃね?」

「いーのいーのぉ、ナミちゃんは看板なんだから」

「ナミちゃん……」

「ナミちゃん」の顔写真は、アプリの効果でごっりごりのごりに加工されている。突き出された方はいろいろと気になる様子だ。


「ちなみに、柚奈ゆずなちゃんはこんな感じ」

 麗人はスマホの画面をスライドさせた。ノリノリのポーズと表情を決めたクラスの「ナンバーワンホステス」滝山たきやま柚奈が、アプリでがっつり盛られて、美麗なドレスと華麗なヘアを装い、きらめきに彩られている。手書き文字で「源氏名:ユリアンヌ」とまで書き添えられていた。滝山柚奈は、4組どころか学年でもトップクラスのかわいさと評判の女子である。明るくて、にじり寄る男子のあしらいも上手だ。ひゅーひゅーとはやし立てる男子はもちろん多い一方、ガチでれている男子もけっこういるとの噂だった。

「滝山……」


 硬派の浪原が呆然としているところへ、1組の男子生徒がひょいと顔をつっこんできた。顔が四角い。1組のステージの小道具なのか、台本と一緒にボールのようなものを抱えている。

「4組そろそろ、ステージリハの準備してください……おう!」

 教室にいた只野ただのという男子と目が合うと急に楽しそうな表情になって、4組の教室にずかずか入って来た。バスケ部つながりなのだろう。

「4組ホストクラブやるって、まじか」

「ホストキャバクラだよ。空き時間に来てくれよ、ぼったくってやっから」

 罪があるのかないのかわからない冗談が応酬する横で、津島つしま亮子りょうこが声を上げた。

「クラスステージ班、体育館に移動!」

「うえーい」

「ダラけてんじゃねえ!」

「はい!」

 一部のだらだらした男子が、亮子の一喝を受けて、急にしゃきっと背すじを伸ばした。


 ほとんど同じタイミングで、2年生の体育祭赤チーム連絡係をしている2組の男子が、4組の教室をのぞきこんだ。

「赤チーム伝令。赤チーム全員、グラウンド東側に集合」

「……はいっ」


 教室に残っていた10人ほどが、「げ」という表情から一瞬おいて返答した。3年生からの指示とあれば、赤チームは何をおいても参集しなければならない。何をおいてもだ。文化祭の準備に追われていようと、ステージリハであろうと。


「っちッ!」

 赤チームの連絡係が5組へ行ってしまうと、赤チームの亮子は、品のない舌打ちを盛大に床にたたきつけた。

蓮華れんげ中西なかにし、あと頼むわ。リハが終わるまで、お前らのチームに招集かからないといいけど」

「わかった」

「了解」

 蓮華も中西も演劇部員だ。クラスステージでは、蓮華が出演者を、中西が裏方を、それぞれまとめている。

「あー、クッソ、ステージリハが時間通りに回ってりゃこんなことには!」

 どすどす、と音がしそうな歩き方で、亮子はジャージに着替えるべく、教室を出て行った。クラスステージ班の生徒たちにはどことなく、ほっとしたような空気が漂う。


「じゃ、ステージ班、体育館に移動しようか」

 普段は亮子に圧されて目立たない男子の中西悠一ゆういちが、穏やかな口調ながら声をかけた。ステージ班は、総監督の亮子と同じ赤チーム数人が離脱していた。


「ゴメン、オレも行かなきゃ。麻衣まいちゃん、しばらく、まかせちゃっていいかな」

 同じく赤チームの麗人は、麻衣を拝むような動作をした。

「うん、いいよ。あたしも、いつまでいられるかわからないけど」

 白チームの麻衣は軽く手を振った。お互い様だし、3年生のお達しだから、誰も文句は言えないのである。

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