10 リハーサルは大渋滞
同じころ、体育館では、2年4組のクラスステージを担当した生徒たちが、退屈そうに床に座り込んで、ステージを眺めていた。
ステージリハのスケジュールは、大幅に遅れていた。1年1組から順番に組まれているのだが、毎年、1年生は手際が悪いのである。初経験では無理もないことだが。
「まだ1年3組って、まじか」
2年4組のステージ劇で鬼監督をつとめる責任者・
「このままじゃ、ウチら午後に食い込むぞ」
「午後って、問答無用で3年生から体育祭の呼び出しじゃん」
「これ、なんで2年生から先にやらせてくれないかな」
女子たちは好き勝手に文句を言い合っている。男子は、運び込んだ大道具の近くに集まって座り、何か冗談を言って笑っていた。
文化祭においては3年生は、クラス単位での参加は任意となっている。このため、教室企画とクラスステージには、例年ほとんど参加せず、今年も3年生のクラス参加はゼロだ。よって、この日のステージリハも1年生と2年生のクラスだけである。その分3年生は、個人の有志でステージに出演したり、クラブでの参加に黒幕として影響力を及ぼしたり、体育祭に情熱を傾けたり、するわけだ。1、2年生より自由度が高いのである。かわりに、3年生が体育祭にかける熱意は半端ではない。体育祭準備に関して、下級生が3年生の指示通りに動かなかった場合には、過剰すぎるいら立ちを買ってしまうことになる。無理もないことではあるけれども。
「それでもさ、ウチらはまだ、まとまってる方らしいよ」
誰かが、亮子をなだめるように言った。
「クラスによっては、リハができるような状態までたどりついてないとこ、けっこうあるって」
「へえ?」
ほかの生徒が知る由もなかったが、
雅之は早いうちに、2年4組の生徒たちを、ステージと教室企画に振り分けてしまい、それぞれの担当に責任者を設置したのである。「内容はまかせるから、裁量で好きにやってくれ、ただし資材とか金とか届け出とかの都合もあるから、そういうのはマメに教えてくれ」と言い添えて。ステージの内容が演劇と決まった時点で、演劇部の人間に投げてしまった方が話は早いと考えた雅之は正しかった。総務委員がステージの監督に向いているとは限らないし、総務委員はやりたくないけど演劇の監督ならやりたいという生徒もいる。実際、ステージ監督をまかされた亮子は「演劇部じゃできないことをやろう」と大張り切りで、慣れているだけ手配はスピーディーに進んだ。内容を決めると、台本の整備、キャスティング、衣装、大道具と小道具、照明と音響、演出、流れるように決められ、台本を読みながらの稽古に入ったのはどのクラスよりも早かった。そんな上位下達のステージとは違い、教室企画のホストキャバクラは誰も経験者がいなかった(はず)なので、そこまでスムーズとはいかなかったが、ふたりいる責任者のひとりである麗人が、メニューの決定後、内装、材料と道具の調達といった分担を決めて割り振ると、調理の手順、価格、シフト表、細部のデコレーションまで形になり、ついには接客マニュアルを固めて「従業員研修」まで始める手際には、賞賛というよりポカーンとした視線が集まったものである。そこまでの力量を持ちながら麗人は、クラスを引っ張るリーダーのようにふるまうことはなく、「じゃあこうしたらどーかな」という柔らかな態度で、決して強制することはない。
おそらく、学祭にそなえてもっとも計画的に準備を進めてこられたクラスは、2年4組であろう。だが、1クラスだけ突出してもどうにもならないものがある。それが今、津島亮子を不機嫌にさせている。本来なら今頃は、教室企画の助っ人にでも行って恩を売りつけてやろうかと余裕ぶっこいてるハズだったのに、と。
「まるまる1学年分近く遅れるって、どういうこっちゃい」
「実行委員、時間守らせろよ」
「リハの進行誰よ」
「
「ひとこと言ってやろうぜ」
女子たちはいらだち、アリーナの隅に長机を置いてリハの進行管理を行っている実行委員に詰め寄った。
生徒会の執行部だけでは学祭の運営に手が足りないので、2学期になると執行部によって、各クラスから1名ずつ、学祭運営のための生徒が徴発される。彼らを「学祭実行委員」と称する。文化祭と体育祭をひっくるめた学祭の運営そのものに携わることになる立場で、それぞれのクラスや運動会チームに対して便宜を図ってはならないことになっている。彼らが、クラス及び運動会のチームリーダーに対して、指示を出す形になるわけである。クラス委員、体育委員との兼任は禁止されているので、それらに該当しない生徒から選ばれる。これには3年生も参加しなくてはならない。いくら実行委員といっても、下級生が3年生に対して物申すのが難しいケースもあるためだ。3年生の実行委員も必要なのである。
そして現在、ここ体育館にて、ステージリハの監督と進行を担当している、学祭実行委員二人組の片方が、われらが2年4組の立花
「そう言われてもさあ、おれらも苦労してんのよう」
疲れたような苦笑いでリッパナは応じたが、それが免罪符にならないことは誰もがわかっていた。殺気立つ2年生女子に迫られ、1年生の学実委員(学祭実行委員)の女子がおろおろしている。
「じゃ、一回クラスに帰ったらどうかな。順番迫ったら知らせを出すから。大道具はあっちの隅あたりに固めといて」
根本的な解決とはいえないが、ステージ上でもたついている下級生を見ない方が精神衛生上よかろうし、無駄な時間をほかの作業にあてられるという利点はなくもない。亮子ら、気の強い女子はぶうぶうと文句を言っていたが、今さらリハの順番を変更することはかえって混乱がひどくなるだけだという現状は変わらない。亮子の号令で、2年4組クラスステージ班は一時撤退を開始した。それを見て、ほかの2年生のクラスも動き始めた。思ったようにうまくいかないというのは、けっこうストレスがかかるものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます