09 2年4組の喧騒

 学祭の前日となる今日は、丸一日学祭の最終準備に当てられることになっている。ここに、文化祭準備と体育祭準備が詰め込まれているのだから大変だ。特に体育祭準備は、今日は一応午後からと決められているのだが、運が悪ければ午前中から呼び出されるチームもあるのだ。3年生は、これが最後と気合いが入っているので、競技や応援の指導がスパルタで行われる。競技はともかく応援の方が、下級生にとってはプレッシャーだ。学祭3日目に行われる体育祭のチーム分けは、クラスごとではないからややこしく、大変である。よって、場合によっては、文化祭の準備作業をまるごと同級生やクラブの仲間に託し、あたふたと飛び出さなくてはならない。3年生の指令は絶対なので、クラスに残る生徒たちも「しょうがないな」という表情で見送ることになる。当然、全員そろっての準備や練習はなかなかおぼつかない。


 さて、木坂きさか麗人れいと黒川くろかわはるかの所属する2年4組もまた、「ごったがえす」の極みにあった。


 2年4組では、麗人の助言をいれた妹尾せのお雅之まさゆきの発案で、生徒たちがほぼ半分に分かれ、それぞれ教室企画とクラスステージを担当して、話し合いと準備を重ねてきた。

 教室企画の方は、「ホストキャバクラ」と決定していた。飲食系の模擬店にしようという意見はあったのだが、普通の喫茶店にしたらおもしろくない、いっそホストクラブにしてみたら、それじゃ女子は何やればいいの、キャバクラはどうだ、じゃあ併設しちゃえば? ……という、後から振り返るとなぜそうなったのかよくわからない流れで、コンセプトは決定した。

「でも、それじゃあたしたち、学祭用の仮装と、お店用のドレスとかと、両方用意しないといけないってこと?」

「ヤダ、めんどくさーい。あたし仮装したいカッコあるのに」

 明洋めいよう高校の、ハロウィンのノリで行われる学祭は、名物となっている。一度経験すると、2年生以降で「来年はあの仮装をしてみたいな」と考える生徒が増えるのは自然なことだ。それが教室企画の影響で面倒になるのは、ちょっとやだな、という生徒がいるのも不思議ではない。


「こうしたら?」

 ひょいと麗人が手を挙げた。

「お店をあげてハロウィンイベント開催中、ってコンセプトにしちゃうのよ。これならホストがわが仮装していてもいいでしょ。女子はキャバ嬢みたいなカッコしたくない子もいるだろうし」

「なるほど!」

 というわけでコンセプトも決定し、店づくりが進められてきたのである。文化祭1日目は藤岡ふじおか麻衣まい、2日目は麗人が、店長として責任者をつとめることになった。


 一方、黒川はクラスステージの班に編入されている。クラスステージの内容は演劇とはいえ、演者ではなく大道具係のひとりとしてである。本人いわく「出演しなくていいならなんでもやるぞ」ということでモメることなく引き受けて、同級生の心配をいい意味で裏切って、きちんと仕事をこなしてきた。しかし、大道具係の「出演しなくていい」は、結局反故ほごにされる運命にあった。


 前日となるこの時刻、クラスステージの最初にして最後のステージリハが組まれているため、ステージ班はみんな体育館に出払っていた。

「ね、木坂くん」

 ホストキャバクラの従業員(?)シフトについて、初日と二日目の店長が話し合っている場であった。話が一段落したときに、麻衣がそっと、麗人にたずねてきたのだ――妹尾雅之が、クラスステージ班の様子を見るために教室を離れているのを確かめて。

「最近、妹尾せのっち……妹尾くんと、仲いいの?」

 ……おやおや。麗人は二度ばかりまばたきしてから、表情をほとんど変えずに、回答した。


「仲いいって、いうのかな。普通だよ。この前ちょっと相談ごとはされたけどね」

「相談ってなんの……あ、ゴメン、内緒だよね」

「うーん、軽薄なオレでも、さすがにそれは言えないかな」

「ほんとにゴメン。忘れて」

 気まずそうな表情になってしまった麻衣を、かわいいなあ、と思いながら、おもむろに麗人は付け加えた。

「女の子の話題じゃなかったけどね」

「……そう?」

 麻衣は突然、興味なさそうに、ふいっと顔をそむけた。直前、彼女の顔から目に見えて不安が減ったのが、わかってしまった。


 ――なるほどねぇ。そういうことか。


「彼女いるとは聞いてないなぁ。話してみたらいいのに」

「そう……何をっ?」

「んん? ちょっとばかり、独り言をね」

「…………!」

 一度こちらを向いた顔が、真っ赤になって、再度そむけられた。このくらいにしておこう、と麗人が、手元のメニュー表に目を落としたときだった。


「これ、どうだ?」

 シンリンが、麗人と麻衣のところにやってきて、片手を差し出した。シンリンというのは、クラスの男子の森林もりばやし弘樹ひろきのことで、なんという安直な呼ばれ方だと思いつつ、誰もがシンリンと呼ぶ。まあ、モリバヤシと発音するより早くて楽なことは確かだ。手先が器用で工作が得意であり、今回の2年4組の教室企画では、ホストキャバクラ店内の内装設計主任をまかされている。店長の麻衣や麗人と相談しつつ、教室内の装飾や配置の指揮をとっているのだ。


「何それ?」

「わ、きれい」

 ふたりの店長と、近くにいた生徒たちが、シンリンの手をのぞきこんで歓声を上げた。彼が持っていたのは、ミラーボールだった。……否、もちろん本物ではない。よく見ればアルミホイルの表面にラップをのばして、細かく折り目を入れて、おそらく球状の芯材に巻いてあるのだろう。ぱっと見には本物だと間違えてしまいそうだ。ラップがアルミホイルの表面に密着するはずもないから、もしかするとボンドでも薄く塗って貼りつけているのかもしれない。妖しげなきらめきは、まあまあ再現されているように思える。


「こいつをね、天井にぺたっと貼り付けんのよ。雰囲気出るよ。ホントはDVDとか切り刻んで貼り付けるといいんだけど、うちにうまいこと不用品がなくてね。回転とかはできないけど、そこまで追求しなくていいでしょ」

「いい、いい! 十分十分」

「DVDなら百均でも売ってるだろ」

「いやいや、記録媒体を、わざわざ切り刻むためだけに買うってどうなの」

「でも、これどうやって、妖しげな光……」

 誰かの不安そうな指摘に、シンリンは天井を指さした。

「下からカラーライト当てんのよ。いい効果出んのよ、これで」

「あ、いいじゃん」

「天井に配線とか、そこまでしなくてもいいと思うし、2日間程度だから、このくらいでいいと思うんよね。つけてみよっか」

 教室の中央あたり、誰かの机の上に椅子を乗せ、級友たちに支えてもらって、シンリンは多少脚をがくがく震わせながら、どうにかその上に乗って、強力両面テープで天井に貼り付けると、下界へ降りてきた。


「……あれ」

 見上げて、シンリンは不本意そうに顔を曇らせた。

「なんか……ちっちゃい?」

 言われてみれば、直径10センチほどというのは、教室には小さい気もする。

「うーん…………」

 同じように天井を見上げる生徒たちの反応は微妙だ。


「まあ、小さい……かな」

「いやあ、十分でしょ」

「けどまあ、この教室の広さからすると、ちょっと小さい気も」

「目立たないかも……しれんね。せっかくだけど」

「でも、大きいのできるの?」

「あんまり大きいと、天井に貼りつかないんじゃないかな?」

 遠慮がちな賛否両論に耳を傾けつつ、シンリンは自身の首も傾けた。


「けど、もう少し大きくしてもいいよね。……うーん、家で作ってきたんだけど、やっぱ感覚狂うなあ。作り直すかあ」

「できる? もう明日だよ?」

「いや、適当な大きさの芯材があれば、アルミホイルとラップくっつけて巻き付けるだけだから、30分もあれば……アルミホイルもラップもあるよね?」

「あるよー。ウチ飲食系の店だし」

「問題は芯材だなあ。適当な大きさで、重くないといいんだけど」

「最悪ガムテープかなんか丸める?」

「それだと、形に歪みが出るし、ホイル巻きつけるのがちょっとやりづらいんよ。それは最後の手段ね」

 シンリンは少々困惑気味の顔で、周囲を見回した。何か適当な芯材はないか、と。残念ながら、すぐには見いだせそうになかった。

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