05 江平家の家庭事情

 大通りからはずれた細い道を歩く。木々の多いところを抜けると、住宅が増えてくる。道の奥から引き返してくる、赤いライトを回転させるパトカーとすれ違い、事件の後とはこういうものかと、妙な納得のしかたを江平えびらはした。いつしか、ラインも引かれない細い道は左側がひらけ、農耕地が広がる地形となっていた。右側は、最近リフォームや新築された家屋も増えてきてはいるが、やはり昔ながらの住宅が数多く並んでいる。宅地の奥で、道は左へほぼ直角に曲がり、その二百メートルほど先にアーチ状の車止めが設置されて、行き止まりになっている。壁のようにそびえる山肌にぶつかるためだ。ここで袋小路になっているのである。右手には蕪屋かぶらや神社と滴中てきちゅう寺が並んでおり、江平家の母家おもやもその敷地内にある。

 江平家は、蕪屋神社の宮司と滴中寺の住職を兼任しているという、なかなか珍しい家なのである。明治時代、神社と寺とは神仏分離令によって明確に分けられたはずだが、例外というものがごく少数ながら存在する。蕪屋神社と滴中寺の場合、地域住民との根の深い関わり合いもあり、法律が割り込むことはできなかったと思われる。もっとも、江平家といっても彼の両親は養子として入った立場であり、地元はここではなかったらしいが。


 寺と神社から、道を挟んだ向かい側、農耕地の一角に舗装されたスペースがあり、これが両者共用の駐車場だ。20台ほども駐車が可能ではあるものの、満車になることは年に数回しかない。駐車場の敷地の中で山に寄ったところに、シャッター付きのガレージがあり、江平家の車はここに入っている。さらにガレージの裏側、壁状に切り立つ山肌のすぐ前に、家というより、小屋に近い建造物がある。江平弓弦ゆづるはここで生活している。かつて寺男てらおとこと呼ばれた立場の人が暮らしていたところらしい。江平が物心つく頃には、もうそうした人はいなくなって空き家になっており、一時期は江平家の物置として使われていたこともある。一旦は取り壊す話も出ていたらしいが、なぜ取りやめになったのかは知らない。


 江平がここを「自分の部屋として使わせてほしい」と両親に願い出たのは、中学生のときだ。彼には3つ上に姉がいる。寺と神社の敷地の境界上に建つ江平家の母家は、「質素」という表現で持ち上げることもできなくはないつくりで、子どもがふたりいる家庭にとっては手狭でもあった。プライバシーを主張する姉も、思春期を迎えた弟も、子ども部屋がひとつしかないことには大いに不満で、仁義なき姉弟喧嘩もしばしば勃発ぼっぱつした。そうして弓弦少年は、駐車場のはずれに放置されていた小屋に目を付けたのだ。弟は粘り強く両親に提案し、説得をあきらめなかった。あの離れのような小屋は、一応生活するための機能はそろっており、ワンルームに近いため、中学生をひとりで住まわせることにはためらった両親は、条件を用意して息子と交渉した。


 高校生になるまで待つこと。

 家の手伝いを積極的に行うこと。

 1日に1度は必ず母家に顔を出すこと。

 火の元と戸締りに気をつけること。


 弓弦少年は即座に飛びついた。高校生どころかその日からすぐに、約束に対する誠意を見せるため、手伝いをすすんで行うようになった。あとこれだけ我慢すれば自分の占有空間ができる、という具体的な見通しが立つと、姉の嫌味も小言も暴言も聞き流せるようになるから不思議なものだ。いざ高校生になってみると、姉は県外の大学に進学して実家を離れてしまったのだが、それでも約束はちゃんと履行された。こうして江平は、快適な部屋を手に入れることになったのだ。


 ガレージに架けられた小さな外灯が点灯している。意外なほど心強い明かりを頼りに、鍵を取り出しかけて、江平は足もとに転がるものに気づいた。ほとんどガレージの影になっていたが、ごく一端が黄色っぽい光の中にかろうじて含まれていたのだ。拾い上げた。丸っこいものが、風呂敷ふろしきに荒く包まれている。大きさはバレーボールくらいだろうか。


「ああ、あれか」

 思い当たることのあった江平は、中身を確かめようともせず、丸いものを包んだ風呂敷の両端を結び直して手に持った。おそらく頼んでおいたものを、母がドアノブにでも引っかけておいてくれたのが、結び方が悪かったかなにかでほどけて、ここまで転がったのだろう。母は案外雑なところがあるのだ。

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