#312

 テレビのニュースを見るでもなく流しながら、夕食を食べる。

 母と自分の二人だけで、食卓の半分を使っての食事には、特に会話もない。

 父の椅子を陣取るキャバリアも、ラップのかけられた父のおかずと自分たちの顔を交互に眺めているだけだ。

「……あら、この近くじゃない」

 突然、母が言い出した。

「何が?」

「ほら、今やってるニュース。事故ですって。あの写真、通学路にある橋でしょ?」

「本当だ。帰りに渋滞してたの、多分この事故のせいだね」

 別に近くで事故があったからといって、今は画面の向こうのことだ。特に何も思わなかった。

 ……その時は。


 夕食を食べた後、そのままリビングでバラエティ番組を一つ流し見てから部屋に戻った。

 そして勉強を始めようとしたときに、ふと先程見たニュースのことを思い出す。

「……結構大事になっていたっぽいけど、明日はもう通れるかな」

 一度気になり始めたらなかなか頭から離れないもので、早く宿題をしようと思っても手につかない。

 仕方ない、と携帯を起こし、ニュースを調べ始めた。

 やはりテレビでニュースになるほどなので、ネットニュースはすぐにいくつも見つかった。

 その中で一番新しいものを選び、ページを開く。早くも、結構詳細な内容が載っているようだった。


『橋の上でトラック 歩行者と乗用車巻き込み事故』

 二十七日午後四時頃、〇〇市内を流れる✕✕川の橋上で、運送会社の大型トラックが歩行者一人と乗用車一台を巻き込む事故が発生しました。

 歩行者が死亡、トラックの運転手と乗用車に乗っていた男女合わせて三名はいずれも軽症。

 現場となった橋には歩道が整備されており、道路と歩道を区切るガードレールに目立った損傷がなかったことから、警察は事故の原因も含めて調査中です。

 消防と警察に通報したという現場の目撃者は、「道路を渡ろうとしたのかわからないが、歩行者がふらっと道路に出ていった」「事故の後、歩行者が倒れているのを見た。近くの学校の制服を着ているようだった。顔は見えなかったが、学生にしては小柄だった」などと話しています。


 さあっと、血の気が引いていくのを感じた。

 あの時間帯、そして、目撃者の話。

 ……嫌な予感がした。

 ニュースの画面を閉じ、連絡先の一覧を開く。そこに唯一家族以外で登録されていた連絡先を選び、電話を掛けた。

 無機質なコールの音が数回繰り返される。

『――ただいま、この端末は電源が切られているか、電波の届かないところにあります。しばらくして、もう一度お掛け直しください』

 ……なぎさは、電話に出ない。

 何度か掛け直しても、電話の向こうからは、知らない女の人の音声が聞こえてくるだけだった。


 ……使わないようにしようとは言ったけど、でも。

 心の端を罪悪感に噛まれながら、ぎゅっと目を瞑る。

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