#311

 帰り学活が終わると、学校中が一気に騒がしくなる。

 掃除のためにガタガタと机や椅子を動かす音、部活の準備のために廊下を走っていく足音、教室の前で他クラスの生徒と喋る声。

 そんな喧騒の中を縫って、なぎさの声が聞こえてきた。

「そらー、もう帰れる?」

 そこで、なぎさに自分が掃除当番だと伝え忘れていたことを思い出した。

 わざわざ教室まで来てくれたことを申し訳なく思いながら、同級生との会話を一旦抜けて、教室の入口の方に行く。

「ごめん、なぎさ。伝え忘れてた。今日は掃除当番なんだ」

「そっか」

 なぎさは特に気にした様子もなく、頷いた。それが逆にまた申し訳ない。

「うん、だから、先に帰ってて。間に合ったら追いかけるよ」

「わかった。ゆっくり歩いてるね」

「ごめん、ありがとう」

「全然大丈夫。じゃあ、お先に」

 軽く手を振って、なぎさは下校する人の波の中に消えていった。

 急ぐぞ、と一人で気合を入れ、掃除に取り掛かる。

 ……そして約十五分後、カバンを掴んで教室から駆け出した。


 学校から走って十分ほど。

 ほとんどの生徒と逆方向に進むため、ほぼ歩行者のいなくなった道で、足を止める。

 坂の下、町境の川をまたぐ大きな橋――いつも数台の車くらいしか通らない静かな橋が、今日はやけに騒がしく、慌ただしい雰囲気だった。渋滞もしているようだ。

「……何かあったのかな」

 不思議に思いながら、坂を下る。

 中程まで来たとき、なぜ橋の上が騒がしかったのかわかった。

 事故だ。

 渋滞の始点には数台のトラックや乗用車、そしてその近くには救急車や消防車も停まっていた。

 これでは、橋を渡ることは難しいだろう。

「……なぎさとはすれ違っちゃうかもしれないけど、迂回するしかないか」

 五分ほど下流へと下った場所に、もう一つそれほど大きくない橋があったはずだ。

 なぎさに追いつくことを諦め、川沿いを歩いていく。

 途中でなんとなく川を覗き込んでみると、川幅の割に深さがあり、暗く澄んだ水底で黒と赤の鯉が泳いでいるのがわずかに見えた。

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