#112

 その日の夜。

 今日やる予定だった宿題はほとんど終わり、日付もそろそろ変わろうとしていた。

「……もう寝ようかな」

 そう呟いて、ベッドに転がる。

 ……そこで、ふと帰り道での会話を思い出した。

 あの後は結局、なぎさの同意を求める言葉に返事ができないまま別れてしまったのだった。

 「もし自分のした選択を変えることができるなら、何の努力をしなくても成功できることになるし、『人生が一度きり』な意味もなくなる」と、なぎさは言っていた。

 けれど……。


 自分が『その力』を持っていることに気付いたのは、小学生の頃だった。

 ある休日の午前中、待ち合わせに遅れそうで走っていた時だ。急いでいて周りが見えていなかったのだろう、歩道橋の階段を勢いよく踏み外し、気がつけば体は宙を飛んでいた。思わずぎゅっと目を瞑るが、しばらくしても何も起きない。不思議に思って目を開けると……そこは、家の玄関だった。家を出る直前まで、戻っていたのだ。

 それからも何度か、危ない目にあったときや嫌な思いをしたときなどに、その力は働いた。

 その中で、自分以外の人も最初に出来事が起こったときと違う行動をしていることに気づき、自分はただ過去に戻っていたのではなく『Ifの世界』へと移動していたのだとなんとなく知ったのだった。


 ――自分は『Ifの世界』に行くことができる。

 そう自覚してからは、偶然に頼らなくても、その力を使えるようになった。

 だから、困っている人を助けるために数分前まで戻ったり、落とし物の持ち主を探したりと、できるだけ良いことにその力を使うようにしてきた。

 一方で、少し罪悪感はあったけれど、自分が困った時に『Ifの世界』に行ってやり直したことも何度かある。

 そう考えれば、自分にとって『Ifの世界』に行く力は、確かに都合の良いものだ。

 あるものは何でも使え、というような言葉もあるし、自分としても特に力を使う時にためらったことはない。

 しかし、なぎさから客観的な意見を聞いた今、本当にこの力を使っても良いのか分からなくなってしまった。

 ……しばらくは、この力を使わないようにしようかな。

 そう心の中で呟く。

 そして、すっかりどこかに行ってしまった眠気を取り戻すように、布団に潜った。

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