If

梣はろ

#111

 うっすら曇った空の下、静かな住宅街を二人で歩いていく。

 通学路とはいえ、学校から二十分以上離れたこの場所まで来れば、もう辺りに他の生徒の姿はない。

「……そういえばさ」

「何?」

「なぎさは『Ifの世界』って信じてる?」

「……急だね。何かあったの?」

「ううん、別に。たまにはこういう話もいいでしょ」

 そう言うと、なぎさは頷いて考え込む。

 家の鍵につけたストラップを弄ぶ幼なじみの姿からは、相変わらず何を考えているのか読み取れない。

 自分なりの答えを見つけたのだろう、しばらくするとなぎさはストラップを弄るのをやめ、顔を上げた。

「……信じてるか信じてないかで言ったら、信じてる、かな」

「へえ、意外。なぎさは変なところで現実的だから、信じてないって言われるかと思ってた」

「ひどい言い方だね。じゃあ、そらこそ、何でわざわざ聞いてきたの?」

「うーん、なんとなく? 結果的に予想は外れたわけだし」

 そう言って笑うと、なぎさもつられて笑顔になった。天使みたいだ、と思う。

 なぎさは元の素材がいいから、こうして笑うと結構絵になる。だから、普段あまり気持ちを顔に出さないなぎさの笑顔は、ちょっとしたご褒美だ。

 しかし、それで終わらないのがなぎさである。

「信じているとは言ったけど……。こんなこと言ったら野暮かもしれないけど、『Ifの世界』って、要は『こうすればよかったのに』の集合体でしょ? そう考えると、ちょっと残念な感じがしちゃうんだよね」

「うん、まあ、確かに……?」

 なんとなく言いたいことはわかるような気がするが、いつものことながらちょっと抽象的すぎて意図が掴めない。

 もう少し話を聞けば理解できるかもしれないと思い、質問を重ねた。

「……じゃあ、もしなぎさが『Ifの世界』に移動できる力を持っていたとしたら?」

「もしとんでもなく選択を間違ってしまっても、その力は使いたくないな」

「何で?」

「だって、もし好き勝手に自分のした選択を変えることができるなら、何の努力をしなくても成功できるってことになるよね。それは都合が良すぎるし、それに『人生が一度きり』な意味もなくなっちゃうでしょ?」

 幼なじみの皮を被った哲学者は、そう言って同意を求めてくる。

 「でしょ?」と言われても……。すぐには、答えを返せなかった。

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