第3話 学園



 船を下りてきた新入生は、ざっと五十人程いる様子だった。いかに稀少な超能力者でも、全国から集めればこのくらいはいるものなんだなと思う。その中でも自分は、一番下っ端の能力者かもしれない。だって皆、自信ありそうに見える。うまくやっていけるだろうか…。


「皆さん、ここが才覇学園です」


 島の職員が、そう声を上げる。顔を上げると、ヨーロッパの古城みたいな建物が目の前にあった。赤い煉瓦屋根に白壁の建物が横に伸び、両側には塔みたいなものがそれぞれくっついている。天使像とか噴水とか置いてありそう…と思ったら、門をくぐった先に噴水と花壇があった。天使像はないけど、創設者らしいおじさんの像がある。


「まずは一階のロビーで受付をしてください。寮の鍵はその際にお渡し致します。受付窓口は精神感応ESPクラスと念力PKクラスに別れておりますので、窓口上部に貼られたパネルを確認して進んで下さい」


 ロビーの扉は開放されていて、外からでも受付の様子が見えた。ESPとパネルに書かれたほうに人が多い。


念力PK系ってあんまりいないのかな」

「みたいだな……。じゃあ、俺はこっちだから」

「うん。あとでね」


 勇は仁と別れて、精神感応ESPクラスの窓口に向かった。すでに受付の列は外にまで伸びていて、勇はその最後尾に並ぶ。


「ねえ」


 前に並んでいた、綺麗な黒髪ロングの女の子が振り向いたので、勇は「あ、はい」とちょっとたじろいだ。


「さっき一緒にいた人、何なの?」

「え?」


 さっき一緒にいた、といえば仁のことだろう。しかし、何なの、と聞かれても。


「えーと……念力PK系の能力者だけど」

「嘘。そんな感じじゃなかったわ」


 彼女は脅えた調子で言った。


「あの人のいる場所だけ、真っ暗な穴が空いてるみたいだった。冷たくて寒い……怖い感じ。あなた、ここに並んでるってことは私と同じ精神感応ESPなんでしょう。何も感じなかったの?」

「そうだね。悪いけど」


 いかに相手が美少女であれ、親友を悪く言われるのは不愉快だった。勇が冷たく言い返すと、彼女はそのことにようやく気づいたらしい。「ごめんなさい」と謝った。


「今までさんざん人の嘘とか危険な場所とか言い当てるたび、気味悪がられて嫌な思いをしたのに……。超能力者だからって怖がってちゃ、そいつらと同じよね。私、星見まどかって言うの。あなたは?」

「伊原勇だよ」

「あなた、きれいなオーラをしてる。白……ううん、銀色。初めて見たわ」

「えー…と」


 どうしよう。早くも会話についていけない。オーラなんか見えたことないけど、普通は見えるもんなんだろうか。困惑していると、彼女が顔を覗き込んできた。


「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」

「実は、船酔いがまだ抜けないんだ」


 嘘じゃなかった。船を降りてからここに来て結構経つのに、未だに軽い目眩がある。星見が心配そうに言った。


「どこかで休んだほうがいいんじゃない?」

「そのうち治ると思うから」


 列が徐々に減ってきたので、勇は流れに沿ってロビーへと足を踏み入れた。途端、ぐらりと視界が眩んで、思わず前にいた星見の肩を掴む。星見が驚いたように振り向く気配がした。


「何、どうしたの」

「ごめん……なんか、急に」


 酔いがひどくなったみたいに、目眩がする。職員の人が「どうしました」と駆け寄ってきた。星見が「彼、気分が悪いみたいで」と説明してくれる。


「もしかして、船で島に近づいた頃から気分が悪いのでは?」

「え……はい」

「それで、学園内に入ると余計に気分が悪くなった」

「はい」

「おそらくPSSの影響でしょう」

「ピー……何ですか?」

「Psychic Suppression System。超能力抑制装置です。通信機能の妨害電波装置みたいなもので……学生達の能力は不安定ですから、暴走防止にいくつか島の地下に埋めてあるんです。この学園の真下にも一つあるので……。たまにいらっしゃるんです、強く干渉を受けてしまう人が」

「それって……僕、島にいる間中、ずっとこうってことですか?」

「大丈夫、そのうち慣れますから」


 何が大丈夫なんだ。こんなに気分が悪いのに。

 吐きそうになって――少し、笑いが漏れた。星見が「どうしたの」と不思議そうに言う。


「いや……こんなことで気分が悪くなる僕は、本当に超能力者なんだなと思って」

「何を今更って感じね。こんな島まで来ておいて」

「うん……」


 そういえば、仁は無事に手続きを終えたのだろうか。受付窓口のほうへ視線を向ける。しかし、そこには生徒や職員がいるだけで仁の姿はない。辺りを見回してみるが、やっぱりどこにも見当たらなかった。


「先に行ったのかな……」


 クラスが違うからって、薄情な奴。待っててくれてもいいのに。

 この時は、その程度にしか考えていなかった。

 そして、この日を境に仁はいなくなった。



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