第2話 島へ

 超能力者が生まれる割合は、およそ1万7000人に一人だという。原因は解明されていない。鋭い直感能力や他者の感情を読み取るテレパシー能力、念じるだけでとんでもない怪力を見せる念力など様々な超能力が存在するが、いずれも科学を越える脅威的な力であり、各国ではこぞって超能力者の確保と教育、研究に血道を上げていた。

 超能力の強さと精神力の関係性はかねてより有力視されており、多感な思春期頃を境に能力は覚醒すると言われていた。そのため政府は十四歳の子供を対象に全国適性テストを行い、超能力があると認められた場合には、中学卒業後に彼らをある施設へ収容した。

 『国立才覇学園』。国内で唯一の超能力者養成学校だ。無人島一つを丸ごと学園都市とし、全寮制で卒業までの三年間、原則として帰宅は認められない。学園への入園は法的義務があり、拒否権はない。超能力を磨く以上に、己の意志で抑制する技術を身につけることは、社会で生きていくために必要なことだからだ。

 だから無人島に閉じ込めて、安全になるまで教育する。安全に使えるようになったら、研究機関なり政府なり軍なり、能力に合ったポジションに配置される。要するに超能力者と認められたら最後、一生国家に監視されて自由にはなれないというわけだ。その見返りとして、喰うに困らない贅沢は約束されているそうだけれど……。


「……気持ち悪い……」


 勇は口元を押さえて呻いた。何が気持ち悪いって、この船の揺れである。最上級のクルーズ客船だと聞いていたし、確かに港で見た時には映画でしか見ないようなバカでかさに年頃の男子らしく感動もした。しかし、船は船だ。どうしたって揺れる。微かな足元から感じる振動に、体はストレスを溜め込む一方だった。


「ほら、水」


 甲板で蹲っていると、目の前にペットボトルが差し出された。

 パーカーにジーンズというラフな格好をした宍倉仁が、勇の隣に座る。八歳の頃に仁が転校してきてから、もう七年の付き合いだ。相変わらずボサボサした黒髪の仁だったが、図体はでかくなり今や175センチもある。かたや自分は163センチ。出逢った頃は同じくらいだったのに、一体何がこの差を生んだのだろう。

 勇は「ありがと…」と力なくそれを受け取り、蓋を開けて水を喉に流し込む。冷たい心地よさに胸が少し楽になった。

 看板には他にも、知らない女子達がいた。元から知り合いなのか、それとももう仲良くなったのか、キャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。


「……あの子達も、超能力者なのかな」

「この船に乗ってるってことは、そうなんだろ」


 仁は端的に答えた。確かにこの船は『国立才覇学園』のある才覇島への直行便で、入学許可を与えられた新一年生を集めて学園へ運んでいる最中だ。船員以外は超能力者、そう考えるのが当然だ。


「超能力者ってさ、もっとすごいのを想像してたよ。パパッと瞬間移動したり、未来を予知したり、人の心を読めたりとかさ……。精神感応ESPの適性があるって言われても、そんな自覚ないから騙されてる気分」

「フィクション作品の影響だな。現実にそんな超人がゴロゴロいれば、旧世紀時代からもっと騒がれてるだろ。偶然で片付く程度の、フツーに毛が生えた程度だから最近まで発見されなかったんだ」

「そう言われちゃそうかもしれないけど、フツーに毛が生えた程度のことすらやった覚えがないし。仁だって念力PK能力者って結果だったけど、そんな超能力者っぽいことしたことないだろ」


 仁は「まあな」と相槌を打つ。そう、自分達はどこにでもいる平凡な男子学生だったのだ。成績も中の上くらい、スポーツが得意なわけでもない。女子にモテたこともない。…仁のことをカッコイイとヒソヒソ話してる女子はいたけど、告られたって聞いてないからモテポイントはノーカウントでいいと思う。とにかくお互い、超能力者っぽさはカケラもない。クラスには「子供の頃から霊が見える」とか「前世の記憶がある」とかいう自称霊能者の女子もいたのに、彼女はこの船には乗っていなかった。というか同じ中学では自分達二人だけだ。


「そもそも僕達両方が揃って選ばれるってのも、ほんとかよって思わない? 超能力者ってすげーレアな存在なんじゃないの?」

「まあ奇跡に近い確率だろうけど、実際そうなんだから仕方ないだろ」

「達観してるなあ。仁は不安じゃないの?」

「別に。家を出られただけで上等」


 仁のあっさりとしたひと言に、勇は何も言えなくなった。船で出発するとき勇の両親は港まで見送りにきてくれたが、仁の母親は来ていなかった。仁は「それに…」と付け加えるように言った。


「おまえは精神感応ESP能力者だと思うよ。ものすごい人混みの中でも、俺は勇の居場所がわかったりしてたし」

「え、ああ……」


 確かに誰かと混雑をした場所で待ち合わせても、見つからずに困ったという記憶はない。しかしそれは『なんとなくこっちにいるかも』という程度のものであって、精神感応ESPと呼べるほど立派な能力ではない気がした。


「でもそれ、仁にも精神感応ESP能力があるとか……」

「勇だけだ。他のヤツからは何も感じない」

「……って言ってもなあ。それくらいで」

「それに勇は、他人にすぐ感情移入する。落ち込んでる奴が近くにいると暗くなるし、楽しそうにしてる奴がいると機嫌いいだろう」

「そんなの、誰だってそうじゃん」

「おまえはちょっと度を超えてると思ってたよ。中二の時、クラスの……なんてったかな、女子が飼っていた愛犬が死んだとかで、学校で大泣きしてたことがあったろ。女子達が全員で慰めてた」

「小林さんね。クラスメイトの名前くらい覚えてろよ」

「ろくに喋ったこともないのに、覚えてられない。……とにかく、その時におまえが具合悪くなってさ。急に泣き出して、めちゃくちゃ焦った」


 覚えてる。あの時は、自分でもよくわからなかった。体が重だるくなったかと思うと、とにかく悲しくてつらくなって、涙が止まらなくなったのだ。


「変な奴だと思ってたけど、超能力のせいで小林の感情を共有したのかもって思えば、納得できる」

「うーん……」


 だとしてもやっぱり、なんかビミョーだ。他に超能力を使った記憶はないか探っているうちに、ふと暗い記憶が過った。


「じゃあ、七年前のあれもかな。河川敷の事件」

「え……」

「ほら、女の子が変質者に襲われてたやつ。僕は気絶しちゃって、あんまり覚えてないんだけど」

 

 仁が助けに入った後、気づくと自分は病室のベッドにいた。変質者の男は逃げたらしく、今でも捕まっていない。女の子は転校したと聞いた。目撃者は勇と仁だけ。勇は怖かったせいか事件のことをあまり思い出せなかったし、仁は無口だから、学校では噂にもならなかった。転校したとはいえ女の子のためには、そのほうが良かったのだろう。


「気絶するほど怖いと思ったのは、女の子に感応したせいかもしれない。犯人も捕まってないしさ、いまだに思い出すと怖くなるんだよな」

「……あんなの見たら誰だって怖いだろ。本物の犯罪者だぞ」

「仁は助けに行ったじゃん。僕は動けなかったのに。あれ、すげー格好よかった」


 あの事件をきっかけに仁とはよく話すようになった。仲良くなってから知ったのだが、仁が転校してきた理由は、両親の離婚のせいだった。それまで噂では、前の学校でイジメをやったんだとか親が犯罪者なんだとかさんざんな言われようだったけど、それは皆が面白おかしく好き勝手言ってただけで、仁は良い奴だ。それに可哀想でもあった。父親が出て行ってしまって、仁は母親の実家に引っ越してきたんだから。


「こんなこと言ったらダメなのかもしれないけど、僕は仁が転校してきてくれて、良かったと思うよ。あの子もおまえのおかげで無事だったし、僕も……」


 仁が傍にいてくれると安心するし、心強い。

 そう口にするにはあまりに気恥ずかしくて、勇は誤魔化すように言った。


「……僕も、船酔いしたら水持って来てもらえて助かるし」

「そこかよ」

「あーあ、でもやっぱ心配だな。僕は精神感応ESP、おまえは念力PKで、クラス別れちゃうだろ。仁は無口で無愛想でその図体だから、ちゃんと友達作れるかどうか……」

「学園は超能力の訓練する場所で、友達を作る必要はない」

「根暗」

「うるさい。水返せ」


 仁が腕を伸ばして、勇からペットボトルを奪おうとした。勇は取られまいと胸に抱くようにしてじゃれていると、船が揺れた。船内にメロディが流れ出す。


『皆様、長らくお疲れ様でした。まもなく才覇島に到着いたします。新入生の皆様は、お忘れ物のないように三階エレベーター前までお越し下さい……』


 勇の眼前には大きな暗い影が落ちていた。仁がバランスを崩して、勇に覆い被さってしまったせいだ。水色のランドセルが脳裏を過り、全身が凍りつく。


「行こう」


 仁が起き上がって、勇の肩を軽く叩いた。青空をカモメが飛んでいる。勇はホッと息をついて「うん」と小さく頷いた。


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