第4話 行方不明
シャツのボタンを留めて、黒い上着を羽織る。全身、黒ずくめの制服は学生服というより軍服だ。生地は伸びるし動きやすいけれど、堅苦しくてあまり好きじゃない。
寮から学校までは、歩いてほんの三分ほどだ。相変わらず洋館みたいな建物は、時代錯誤でなんだか異様な雰囲気を感じる。
「伊原君」
声をかけられて振り向くと、星見がいた。男子の制服と違って、女子の制服はタイトスカートになっている。美人の星見が着ると、いっそう凜々しさが増すように感じた。
「おはよう、星見」
「おはよう。今日は体調どう?」
入学早々、
クラスメイトになった星見とは、なんだかんだ一番仲が良い。物言いはキツイところがあるけれど、星見は優しいし素直だ。妹と弟がいるというだけあって、面倒見がいい姉御肌なところもある。実際、装置酔いをするたびに彼女には世話になっていた。
「ねえ、これ見て」
星見が胸ポケットから取り出したのは、折りたたんだ入園パンフレットだった。島に来てもう二ヶ月になるが、大事に保管していたらしい。
パンフレットには島のマップが載っている。
「ネットの空中写真で見ると、ここに白い建物っぽいものがあるの。あまり拡大するとエラー表示になるから、ぼんやりとしかわからないんだけど」
そう言って星見が示したのは、港や寮、学校が建っている場所よりもうんと山の奥だった。地図には緑で埋め尽くされていて、そこに建物の記載はない。
「この島は学園のものなのに、マップに描かれてないなんて変よ。伊原君の友達って、もしかするとここに連れて行かれたのかもしれない」
仁は一緒に島に来て以来、ずっと行方不明だ。
不審に思って職員室に行ってみれば、先生達はこう言った。
「宍倉仁君は再検査の結果、適性がないことが判明した。だから島を出たんだよ」
入学者は島外と連絡を取ることを禁じられている。だから電話もできないし、島内は圏外でスマホが使えない。パソコンも学園側が各自に支給しているタブレット端末があるだけで、独自のセキュリティソフトが入っているらしく、ほとんどのサイトには繋がらなかった。
だけど、仁はこの島にいる。いると感覚でわかる。正確な場所はわからないけど、近くにいることは感じられた。
先生達は嘘をついている。でも証拠がないし、家に帰ったと言われたらそれ以上は食い下がりようがなかった。だから勇はずっと、仁の居場所を探し続けている。星見はそんな勇に、協力をしてくれていた。
「ありがとう、星見。行ってみるよ」
「でも、ここは立入禁止区域なの。近くまでモノレールは走ってるみたいだけど、学生は乗車禁止だし」
そうなのだ。モノレールの線路は島中に走っているが、使えるのは島の教師や職員だけ。学生は使用禁止になっている。ようするに寮や学校の傍から動くなということなのだ。
「歩いてでも行くよ。仁がちゃんと無事なのか確かめたいんだ」
「……なんだか羨ましいわ、宍倉君が」
「え?」
「私がいなくなっても、探してくれる友達なんていないもの。不気味がられてばかりで……」
「今は違うだろ。探すよ、僕が」
友達なんだから。勇が本心から言うと、星見は目を見張った。そして、しばらく間を置いてから「あ、ありがとう…」と俯きがちにぼそぼそ呟く。
「じゃあ……私も、伊原君がいなくなったら探すね」
「君に頼るような弱さは見せたくない」
勇が格好をつけて言うと、星見は「なにそれ」と吹き出した。
「アニメの主人公のセリフみたい」
「惜しい。アニメじゃなくて特撮だよ。知らない? “ブラックブレイブ・ユウ”」
「あー、日曜の朝やってたやつ……」
星見と他愛ない話をしている間は、仁がいない不安を少し誤魔化すことができた。本当は学校なんか行ってないで、立ち入り禁止区域だろうがどこだろうが探しに行きたい。仁がいないと気づいた入学式の翌日、勇は実際に学校をサボって探しに行こうとした。しかし、できなかった。寮を出て学校から正反対に向かっていたところで職員に捕まったからだ。
「正当な理由もなく登校を拒否した場合、ペナルティとして謹慎処分となります」
もちろん、島を帰ったはずの友達を探すなんて理由は通らなかった。だから仁を探せるのは放課後の寮の門限まで、それか週末の休みしかない。
島に来た時は、ただ単に全寮制の学校に入っただけだと思っていた。でも、そうじゃない。ここは政府管轄の島で、どこにでも監視の目がある。施設には金が掛かっていて寮は全室バス・トイレ付きの一人部屋だし、食事はホテルのレストラン並に美味い。中学じゃ体育なんてグラウンドを何周走るとか、サッカーやら剣道やら全員でやるものばかりだったけど、ここじゃ体育館の代わりにジムがある。ジョギングはランニングマシンだし、筋トレにはストレングスマシンを使う。更衣室は鍵付きの個室で、シャワーまでついている始末だ。
先生も、職員の人達も皆優しい。環境は完璧なのに、ずっと落ち着かない。
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