03
「上がったよー」
「はーい」
ショートパンツに白いTシャツを着ただけの恰好で、湯上りの少女――理緒という――が顔を覗かせる。
脂気のない
濡れたミディアムは同じシャンプーを使っているとは思えないほど艶やかだ。
ましてその主はハーフ顔の美少女とくるのだから、世の男子がこれを見れば何をしでかすかも分からない。
「夕飯置いてるから食べちゃって」
「來陽子さんは?」
「私はこれが終わったら」
「やだぁ一緒に食べたーい」
「ぶんな。きもいよ」
「なっ――」
即座に展開される数々の抗議を聞き流して、再び作業机と向き合う。
個人経営のカフェでアルバイトをしているが、自分は忙しくて手が回らないからという理由で店長からシフトの作成をよく頼まれていた。
勤めてそれなりに経つが、信を置かれているといえば聞こえがいいものの、ただ純粋にナメられているのだと思う。
悪い人間ではないのだが、いかんせんあれはあらゆる意味で正直すぎる。言動の端々に力関係を強調されるというのは、バイトの間でも有名な話だった。まあ、当人は多分無意識だし、そこまで含めてなんだかんだ愛されていたりするのだが。
それはそうと、こうして業務時間外に仕事をさせておいて無給なのは、好感度云々より以前の問題だと思う。普段の勤務中の暇なタイミングでやっていいとも言われているが、それだってよく分からない。そもそも開店中にそんな都合のよい空き時間は出ないし、仮に出たとしてみんなが貴重な休息を謳歌する中、私にはそれがないですよ、と言っているのだろうか。
シャーペンを弄びながら、シフトのオーダー表と睨み合う。
しかし、なかなかそれに没頭しきってしまえない。
――まぁ。六畳間の同室で飯にぱくつく奴がいれば、それも仕方ないのか。
煽られる食欲に負けて、私は席を立った。
「やっぱりお腹空いた」
「ほれ見ろ」
「ちょっとそっちに寄って」
卓上につくられた余白へせばせばしく茶碗を並べる。
乾燥を防ぐためのラップを取り外すと、枝豆と鶏肉のおこわがこげの香りを立ち昇らせた。
かつて、金がない中で工面して美味さを追求することが趣味のようになっていた時代もあり、炊事には多少の自信があった。
リポーター顔負けの表情で食べてくれる彼女を眺めていると、当時の自分はよもやこんなところで活きるとは考えもしなかっただろうと、懐かしく思うことも多い。
「いただきます」
「どうぞー」
おまえは誰なんだよ。そう突っ込むこともしなくなるくらいには打ち解けていた。
稲負 理緒。
家出少女ならぬ家出妊婦の彼女をあの橋の下で助けてから、もう小半年が過ぎようとしている。
結局、彼女はここに滞在することを選んで、私はそれを許した。
その間に彼女の保護者から連絡が届いたり、あるいは警察が訪ねてきたりといったことはなく、今のところは平和な日々が続いているといえるだろう。
今となっては、彼女について知ることもずいぶん増えた。
次の誕生日に18を迎える(今年は既に迎えていた)こと、一年で全日制の高校を辞めたこと、音楽が好きなこと、歌うのも好きだが下手なこと、コンビニのメロンパンはあまり好きじゃないこと。
どうやら彼女は当初認識していたよりもずっとオープンな性格だったようで、聞いてみれば大抵のことには答えてくれた。
例えば、あの夜に抱いた懐疑について。真相を尋ねると、彼女はあっけからんと切り出した。
『それは、本当に階段の途中で急に吐き気がして。気付いたら思いっきり落ちてたんだよ』
『スマホ? 持ってないよ。急に出ることになったから持ってこれなくて』
『まあ、一週間くらいじゃない? ひたすら北を目指して歩いてた。目的地なんかないよ。うん……強いて言えば、もう歩けないってなるところまでかな』
それを聞いたとき、無謀さに呆れるというよりも、バイタリティへの驚きが強かった。
その華奢な脚のどこにそんな逞しさがあるというのだろう。それも身重の体でというのは、ダイナミズムを逸脱した何かがあるように感じずにはいられなかったのを今も覚えている。
「今の時間帯なんもやってないっすねえ。來陽子さんサブスクとか入ってないの」
「うちにそんな贅沢する余裕はありません」
もはや慣れてしまいそうだけど、やはり人と囲む食卓とはよいものだった。
東京に来てからは多分、ずっと忘れていたその感覚を、味わう。
食卓に限らず家にずっと誰かがいるというのは刺激的で、感情の起伏を実感しやすく、独特な気疲れがあることも知った。
不思議な事に、環境の何もかもが変わっても、私の生活にそれほどの変化はなかった。
それは、彼女が
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