【1話4場】

 ハヤトとオリガは、瞑想した。


 2人の仮想現実が、1つの電脳内に産まれた。


 仮想現実は、2人の同じと違いで揺らいでいた。変化は起きている。


 知性は、世界に違いを生じさせていた。無心の眼差しはそれを脱する。この世の実在とは、すべて1つでしかない。我々に隔たりがあるのは知性による再構成の故でしかない。


 ハヤトとオリガは、2人の仮想現実をゆったりと眺めていた。瞑想とは無心の自省だ。


 2人の仮想現実は、再構成を脱した。


 電脳空間で、心の乱れとは整いだ。心の整いとは、乱れとなっている。世界は反転していた。2人は、互いを愛おしむ。再構成を脱しても、奥底からは愛が湧きでている。


 電脳空間とは、平面インターネットに自由が加わることで立ちあがる。


 3次元とは空間だ。2次元とは平面だった。1次元とは線である。0次元とは点だ。 


 2人を隔てるプログラムは、既に停止している。


 自由にさらされながら平面ネットは1つの線に収束した。自由が1次元に生じている。これは電脳ネットだ。自由のもと、2人は、強くしなやかな線で結ばれている。


 やはり、そのネットも線に収束した。2人は同じ電脳を共有している。電脳内で反発しない2人は、同じとなった。再構成を脱した2人には、それが可能だ。


 2人は、万物流転の1本線に身を投げている。しかし2人の不足は、揺らいでいた。これもまた諸行無常だ。2人は互いを補完している。それは0.001秒以下にも満たない。そのとき、そこで、2人は1つの極点となっている。


 結果として、その極点は、コードを創出した。0.8のコードだ。


 0.8コードは、閃光を発した。


 閃光は、前船市のインターネットを麻痺させた。閃光が終わると、カルトは気絶している。ただそれだけのことで、それほどのことが起きていた。


 電脳は、また再構成されている。


 周囲では、カルトが倒れていた。


 ヘンリーは、車の鍵をとりだして、2人に示した。彼は走る。さきに車を廻してくれるのだ。テレビは不具合を起こしている。ハヤトはテレビを捨てた。ハヤトとオリガは、攻撃ヘリから生体コードを盗みだした。呆気なく生体コードは抽出できた。


 ハヤトとオリガは、笑っている。


 カルト施設をでると、街は停電していた。いつの間にか夜空に星がでている。


 玄関先にはエンジンの起動しているメルセデスが停められていた。


 ヘンリーはいない。どうしたのかと、辺りを見た。ヘンリーは、札束を抱えてやってきた。彼はカルトの金庫を物色していたのだ。


 3人は、車に乗り込む。


 ヘンリーは得意げに笑っている。


「美味しく火事場泥棒できた。見込み通りだ」


「それが動機かい。なぜ無事でいられた」


「儂の電脳は個立スタンドアローン型にできる。危険なときはネットから切り離すのさ」


 ヘンリーは、下品に笑った。彼は車を発進させる。


 第3区画は、製造業の強い地域だ。都市の夜空には、反重力車が飛んでいる。都市は停電していた。この手の被害も、前船市ではたまにある。島内は、市民の冒険や科学犯罪者の発明で、よく荒れる。だから前船市は隔離されている。


 続いて第2区画を通る。


 第2区画は、科学犯罪者が多い。変人に影響されて、街路はネオンに彩られている。幻想的な光景だ。静かな街にネオンが灯り始めてゆく。ホログラムの看板は、また踊り始めている。潮騒の如く、静かな街には活気が満ちてゆく。


 車は第1区画に到着した。


 第1区画は、前船市の良識が集まる。風紀は、当たり前に落ち着いていた。市民の大多数は、第1区画に住んでいる。港に近く、都市の1番街への交通にも便利だ。1番街には前船財閥の本社もある。1番街は、絶海の孤島で、富の集積地をしていた。


 車は、ハヤト達のアパート前で停まった。


 ヘンリーは言った。


「あのカルト施設。今は無防備だと、情報を流そうかな」


「いいや。普通に改心しているだろうさ」


「それもそうだ。また何かしら、やるなら呼びな。儂は儲けたい」


 オリガは、不快に感じていた。ハヤトは好感を抱いている。


 ハヤトは車を降りる。


 ヘンリーはアメリカンに笑って、車を走らせた。メルセデスは街の闇に消える。


 ハヤトは、アパート2階へ歩を進める。風景は、信じられないほどいつも通りだ。


 オリガは、電脳内で生体コードを確かめていた。ハヤトは玄関の鍵を開ける。我が家は、いつも通りだ。白い壁は、湿気で黄ばんでいる。家具にも変化はない。


 ハヤトは家に入ると、オリガをコンピュータにインした。彼女は、ホログラムで現れる。オリガは努めて無表情だった。ハヤトはぶっきらぼうに尋ねる。


「仮想現実は何のタイプにする?」


「フツーに、ベッドがあるだけよ」


「シンプルでよいね」


「照明は暗くしたからね」


「俺は構わない」


 ハヤトは欲情していた。オリガも興奮している。お互いの気持ちは以心伝心していた。 


 会話は途切れている。しばらく2人は無言でいた。オリガはベッドへ仰向けに倒れた。ハヤトもその横に倒れる。2人は天井を見つめて話さない。2人は仮想現実へ潜入した。


 オリガは、生体コードで、演算されている。空間は、何の変哲もない暗室に、キングサイズのベッドだ。オリガは、赤い下着をしていた。ハヤトはパンツ姿だ。


 オリガは呼吸を乱している。彼女は、生体コードから伝わる演算を噛みしめていた。


 ハヤトも、彼女の本物を嗅いでいる。異性のフェロモンに、ハヤトの鼓動は早くなる。


「色欲はよくないことよね」


「ホントだよ」


 2人は、もつれながらベッドに倒れる。オリガの体は滑らかで生きていた。これは本物だ。柔らかな乙女の肉体だった。オリガは呼吸を荒くしている。


 互いの存在を貪りながら、2人は下着をはだけさせてゆく。瞳孔は小刻みに震えていた。ハヤトは神経に熱がこもるのを感じている。オリガは涙目で震えていた。オリガは生の息遣いで、声をもらした。オリガは喜びと恐れに打ちひしがれている。


「これ、よくないことよね」とオリガは頬を赤らめた。


「そうだね。よくないことしよ」


 2人はよくないことした。

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